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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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 迷っていることは、ある。それを、優秀な内局部員は見透かしていたというのか。自覚なく、彼の目に付くようなことをしていただろうか。自分の昨今の言動を思い返そうとした時、情けない声に呼びかけられた。
「鈴置さあん、やっぱりもう帰っちゃう? 僕サミシイ」
 小坂が、置いてきぼりを食った犬のような顔で美紗を見ていた。
「あの……」
「いいから、帰んなさい」
 割って入った高峰は、美紗のほうに右手を上げつつ、小坂を睨みつけた。
「そういうことばかり言ってるから、8部の彼女に『小僧』って陰口叩かれんだぞ」
「それは片桐のことですよ」
「いや、『海の小僧』って言ってたらしいから、間違いなくお前のことだ。最近、片桐のほうがよっぽどしっかりして見えるしな」
「そんなことないです、絶対!」
「自覚のない小僧め!」
 白髪交じりの3等陸佐と三十代半ばの3等海佐が賑々しく口論を始める。美紗は手早く机の上を片付けると、挨拶もそこそこに第1部のフロアから去った。
 人の歩く足音しか聞こえない廊下に出ると、異様に寒く感じた。美紗は思わず胸元に手をやった。先ほどから感じる鈍い痛みには、覚えがあった。あの人と、初めて、あの青いイルミネーションを見に行った時に感じた痛み。

 どこまでも、求める想い。
 絶え間なく己を責める、現実。

 あの時と同じ
 二つが激しく交錯する――。


 美紗は、地下鉄を降り、駅の階段を上がった。いつもの街の光景が、冷え冷えとした霧の中に浮かぶ幻影のように感じられた。左手に見える高層ビルも、四車線の大通りを行き交う車も、普段にも増して華やいだ雰囲気の人々の姿も、透明な幕のようなものを通して見ているような気がする。