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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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 ますます深くうつむく美紗に気を留めるふうでもなく、日垣は、椅子の背にゆったりと身を預け、再び水割りのグラスを揺らした。
「しかし、本当に売り込みに行くとはね。彼女の執念には驚かされるよ」
 グラスと氷が触れ合う澄み透った音が、唇を引き結ぶ美紗の胸に刺さる。

 彼に想われたいと、望んでは、いけない
 想われないことを、悲しんでは、いけない

「まあ、松永は君の希望を優先するだろうと、初めから確信していたけどね」
 美紗はびくりと体を震わせた。マティーニのグラスに付く水滴を見つめながら、続きの言葉に耳をそばだてた。
「松永は観察眼が鋭い。普段は八嶋さんとほとんど接触もないだろうが、それでも、彼女の思惑ぐらいは瞬時に見抜く」
 笑顔のままの日垣は、しかし、その切れ長の目に冷ややかな光を浮かべていた。
「仕事そのものより己の立ち位置に意識が向きがちな人間は、能力的に優れていても、管理する側にとっては、使いづらい存在だ。八嶋さんは外資系企業に勤めていた経験があるらしいが、きっと、向こうの文化が悪い意味で身に沁みついているんだろう」
「向こう?」
「欧米では、自分の成果や積極性を最大限アピールして、上司と『交渉』しながらキャリアアップを図るというスタイルが主流だ。一見、合理的で、年若い者にはウケの良さそうなイメージだが、実際には弊害もそれなりに多いらしい」
「どうしてですか?」
「以前ワシントンに出張に行ったとき、DIA(米国防情報局)の管理職と話す機会があったんだが、『若い職員は実績も出さないうちからプロモーション(昇進)のことばかり口にする』とこぼしていたよ。自信があるのは結構だが、やはり、先立つものがないとね」
 美紗は、航空幕僚監部に転属していった吉谷綾子のことを思い浮かべた。異動の直前、美紗に「もっと自信を持て」という言葉をくれた彼女は、間違いなく己に対する自信に満ちていた。その大先輩と、「吉谷に負けない自信がある」というようなことを豪語していた八嶋香織は、確かに何かが違うような気がする。