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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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「確かに、君は直轄チームに来てまだ一年余りだし、異動するには早すぎるだろうな。そもそも、今回の『席替え話』は、八嶋さんが私に直接ねじ込んで来たところから始まったんだ」
「どういうことですか?」
 カクテルグラスをテーブルに戻す手が、わずかに震えた。耳に心地よい低い声が八嶋香織のことを語るのは、ひどく不快だった。それを顔に出すまいとするほど、胸の中に嫌悪感が広がる。
「コトの発端は、七月のフランス大使館のレセプションだ。会場で空幕副長(航空幕僚副長)が吉谷女史に声をかけたのを、八嶋さんが見ていたらしくてね」
 日垣の話は、数日前に八嶋本人から聞いた内容とほぼ同じだった。美紗は、身じろぎもせず、黙っていた。すでに八嶋香織と刺々しく対峙したことは、言いたくなかった。
「八嶋さんは、年度が変わる頃から、異動を強く希望していたらしい。渉外班長も、彼女の行き先をいろいろと探してやっていたそうだ。ただ、この前の空幕(航空幕僚監部)の件に関しては、人選の余地もなかったから……」
 テーブルの端に置かれたキャンドルホルダーが、水割りとマティーニをほの暗く照らす。
「……それでも、八嶋さんのほうは全く納得してくれなくてね。しまいには、『空幕がダメなら、直轄チームに入れてくれ』と言い出した。なぜ『直轄ジマ』がいいのか知らないが……。そこも当面は空かないと言ったんだが、それでも引き下がろうとしない」
 日垣は、小さくため息をつくと、しかし急に、思い出したように口元をほころばせた。
「あまりにしつこいから、『どうしても直轄チームに行きたいなら、取りあえず直轄班長に自分で自分を売り込んでみろ』と言ったんだ」
「えっ……」
 美紗は、前髪をかき上げて楽しそうに笑う日垣の顔を一瞬見つめ、急いで下を向いた。胸の中に、何かがうごめくような違和感を覚えた。それを抑えようと、透明なグラスの中に沈むオリーブに、無理やり視線を落ち着かせた。
 直轄チームに限らず、多くの人員ポストは、陸海空及び事務官の別に管理され、そこに座る者の階級までもが大まかに指定されている。少なくとも、自衛官ポストに事務官が座ることはない。幹部職員である内局部員の席に勤続年数の浅い事務官が配置されるケースも有り得ない。入省して五年弱の八嶋香織が、増員予定のない直轄チームのポストを得ようとすれば、必然的に、美紗の席を奪い取ることになる。
 人事課を含む第1部の長である日垣が、それを承知していなかったはずはない。自身の手足として働くメンバーの一人が鈴置美紗から八嶋香織に入れ替わることなど、彼にとっては微々たる変化にすぎないのだろう。