カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ
「CS受かって御結婚とは、めでたいこと続きだな」
からかうように笑った松永は、片桐から小坂のほうに視線を移すと、急に意地悪そうに目を細めた。
「じゃ、クリスマスの時期に緊急の案件が発生したら、すべて『お暇』な奴が対応するってことでいいな」
「どうせ、自分らは暇なクリスマスですよ。ね、宮崎さん?」
「僕は別に暇じゃない」
ぼそりと呟いた宮崎は、銀縁眼鏡の下で片方の眉だけをつり上げた。「直轄ジマ」のベテラン勢がゲラゲラと無遠慮な笑い声を立てる。つられて、美紗も小さく息を漏らした。
「あっ、鈴置さん! 今、笑ったね?」
「いえっ、あの、……何かあったら、私も残れます。クリスマスもお正月も、特に予定はないですから」
「ホントっ? 仲良くしようねえっ!」
丸顔の3等海佐が一人で道化を演じるのを横目に、片桐と宮崎は互いに顔を見合わせ、それから松永のほうを窺い見た。以前、勤務時間中に、美紗が男に振られたのなんだのとつまらぬ雑談に花を咲かせ、当時先任だった松永に後から叱責されたことを思い出したからだ。
しかし、当の松永が関心を向けた先は、小坂の言動ではなかった。
「そういえば鈴置、まだ休暇予定出してないだろ。年末年始の休み期間は、基本的には佐官以上で対応するから、鈴置は特に自宅待機の必要はないからな。実家は……、あまり遠くないんだったか?」
「私の実家は東京から日帰りで往復できる所にあるので、まとまったお休みをいただかなくても大丈夫です。暦通りに休んでもいいですか」
「それは構わんが……」
松永がさらに何か言おうとした時、「直轄ジマ」の共用内線が鳴った。美紗は素早く受話器を取ると、先方と短いやり取りをしながら、机の下に置いてあった厚めの書類ホルダーを取り出した。
「宮崎さん。うちから内局(内部部局)調査課経由で問い合わせていた件、外務省から回答来たそうです」
「ああ、あれ……」
宮崎がのそりと腰を上げる。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ 作家名:弦巻 耀