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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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「これで拭けってのか」
 片桐の代わりに、彼の隣に座る高峰3等陸佐が、眉を寄せてトイレットペーパーを掴んだ。
「海自の奴は、本当にデリカシーがないな」
「前にも言ったような気がしますが、あいつは海自始まって以来の変わり者です。一緒くたにせんでください」
 小坂と同じ色の制服を着る先任の佐伯が嫌そうな顔をしたが、当の小坂は全く意に介せず、ガキ大将のような顔で声を張り上げた。
「今日は部をあげて祝い酒だ! 松永2佐のおごりで!」
「何だそれはっ」
 松永がすかさず荒々しい声を上げると、周囲から大きな笑い声が起こった。
「あれっ、松永2佐。『CS受かったら好きなだけ飲める』って話になってるって聞きましたけど?」
「それは片桐だけだ!」
 小坂を怒鳴りつけたイガグリ頭は、当の片桐のほうに視線を移すと、途端に破顔一笑した。「直轄ジマ」の面々が、次々と祝いの言葉を送る。片桐は、一人一人に頭を下げて、それに応えた。ようやく顔をほころばせた1等空尉を、日垣はその傍らで、にこやかに眺めていた。
 美紗は、二人の航空自衛官を見つめながら、胸の中で温かな喜びと奇妙な寂しさが交じり合うのを感じた。新たなステージへ飛び立つことになった片桐の姿は、学費の工面に苦労しながら大学を卒業した三年半ほど前の自分自身を思い出させた。あの時、実社会に旅立つ娘を見送る父親はいなかった。母親は、門出を祝う言葉の代わりに、出どころの知れない金と己のパートナーをののしる醜い言葉を寄こしてきた。自分がずっと欲しかったのは、巣立ちゆく子供を見守る父親のような眼差しだったのだと、今更ながら気付いた。
 美紗が望むものを、日垣貴仁は出会ったその日から惜しみなくくれた。しかし、彼の父性的な優しさは、己の配下にある若者すべてに向けられているものだ。当の自分も、そうと分かっていて上官の厚意をありがたく受けていたはずだった。それがいつから、彼に父性とは違う何かを求めるようになっていたのだろう……。