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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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(第八章)アイスブレーカーの想い(3)-飛び立ちゆく者



 美紗が胸元に秘める喜びに、直轄チームの面々は誰も気付かなかった。美紗の誕生日から幾日も経たないうちに、大ニュースが飛び込んで来たからだ。

 相変わらず午前中から騒がしい「直轄ジマ」のところへ歩いてくる第1部長の意図にいち早く気付いたのは、班長の松永だった。人事の噂話を仕入れてきたらしい小坂3等海佐とひそひそ話に興じている1等空尉に手ぶりで合図したが、間に合わなかった。
「片桐1尉」
 背後から突然声をかけられた片桐は、「ふぁぃっ?」と変な声で返答し、相手が日垣だと気付くと、慌てて席を立った。
「合格だ。おめでとう」
「は?」
 面長の顔を傾げる片桐の代わりに、小坂がずんぐりした身体を弾ませるようにして立ち上がった。
「こいつ、CS(空の指揮幕僚課程)受かったんですか?」
「ああ。つい先ほど、連絡が来た」
 日垣の答えに、小坂は第1部の部屋中に響くような歓喜の声を上げた。他の課の面々が、驚いた顔で一斉に「直轄ジマ」に注目する。やがて、状況を察した者たちから拍手が湧き起こった。しかし、当の片桐は無言で立ち尽くしたままだった。その彼の肩を、日垣が叩いた。
「CS受験にはまるで適さない勤務状況の中で、よく頑張った。人より苦労した分、片桐はこれから必ず伸びる。自信を持って入校しろ」
「……ありがとうございます」
 男泣きする人間の姿を、美紗は初めて見た。一年前は愚痴ばかりこぼしていた片桐も、やはり、影では孤独に研鑽していたのだろう。苛立ちと不安を抱えながら地道に努力を重ねた者が報われる瞬間を目の当たりにすると、見ている側も胸が熱くなる。
「ほら、泣くなよっ」
 威勢のいい声に振り向くと、小坂がパソコンのモニターの裏に常備してあるトイレットペーパーを手にしていた。美紗のほうに飛んでくるかと思われたそれは、片桐の机の上に放り投げられた。