カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ
第七章:ブルーラグーンの資格(9)-交錯する思惑
琥珀色のグラスが、ペンダントライトの灯りに照らされて、柔らかな光を放つ。それをもてあそびながら、日垣はクスリと笑った。
「松永が、ずいぶん喜んでいたよ」
マティーニのグラスに手を伸ばしかけた美紗は、ギクリと顔を上げた。和やかな眼差しが、いたずらっぽく見つめ返してきた。
「直轄チームで続投したいと言ったそうだね」
「ご存じだったんですか」
直属の上司である松永から事業企画課渉外班への異動を打診された美紗は、その場で「今の仕事を続けたい」と答えた。八嶋香織に自分の居場所を取られてしまうと思うと、堪らず正直な思いを口にしてしまった。松永は、特に何の反応も見せず、「分かった」とだけ言うと、美紗をその場に残して自席に戻っていった。それから数日が過ぎたが、人事に関する話は特に聞いていない。
「……松永2佐は、きっと、困っていらっしゃると思います。私が余計な事を言ってしまったので」
「彼も素直じゃないな」
日垣はますます面白そうに目を細めた。
「佐伯に聞いた話では、松永は渉外班長に『うちの鈴置はやれない』と嬉々として回答したそうだよ」
「え、あの、では……」
「なんだかんだ言って、やはり松永自身が君を手放したくなかったんだろう」
大きな手が水割りのグラスをゆるりと動かすと、中の氷が軽やかな音をたてた。それを見ながら、美紗は泣きそうな笑顔を浮かべた。
「渉外の仕事も、やっておいて損はないよ。海外の関係機関との接触も多いし、直轄チームにいるより面白いかもしれない」
「私は、今のままで、いたいです」
日垣さんの傍に、いたいから
湧き起こる想いを、マティーニと共に飲み込んだ。ジンの強烈なアルコールが、喉を焼き、胸を焦がした。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ 作家名:弦巻 耀