小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

INDEX|13ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 

第八章:アイスブレーカーの想い(1)-アイスブレーカーの想い



 客が多くなってきたのか、バーの中はいつしか、静かにアルコールを味わう人々のさざめきに満たされていた。聞き取れない程度の話し声が、シェーカーを振る軽快な音と混ざり合い、穏やかな旋律が漂うほの暗い空間へと溶け込んでいく。

「貴女は、奪ったわけじゃない」
 バーテンダーは、耳に心地よい低い声で、ひとり静かに語った。
「貴女は、日垣さんの大切なものを、もしかしたら日垣さん以上に、守ろうとしたんです。……でも、守るのは奪うよりよほど辛いでしょう。傍にいて欲しいと思いながら、そう言えないことも多かったのではないですか。休日に二人で外を歩くこともできず、彼の誕生日を共に祝うことすらできない……」
 美紗は、膝の上で両手を握りしめ、小さく頷いた。限界まで心の奥底に抑えつけてきた想いを、自分より年下だと言う彼はなぜ、こうも容易に察するのだろう。目に涙を溜めたまま、美紗は征のほうを見上げた。そして、驚愕と恐怖に息を詰まらせた。
「……どうしました?」
 ゆったりと話す彼の顔には、間違いなく、三十過ぎといった風情の男の落ち着いた笑みが浮かんでいた。くせのあるこげ茶色の前髪の下で、藍色の瞳が悲しげに美紗を見つめていた。
「篠野さん、じゃない……? でも、そんな……」
 目の前に座るモノトーンの制服姿を呆然と見ながら、美紗は藍色の目をしたもう一人のバーテンダーのことを思い出していた。一年半ほど前の夏の夜、あのバーテンダーは、青と紺の合間のような色をした特別なブルーラグーンを作ってくれた。美紗に「濃い青のほうが似合う」と言っていた彼の没個性的な顔は、はっきりとは覚えていないが……。
「あの時の、バーテンダーさん、なんですか? でも、篠野さんは……?」
「僕が篠野ですが」
 無機質に聞こえた言葉は、征の声でありながら、まるで別人のようだった。丁寧ながら温かみのない口調は、まさに、一年半前に一度だけ見たあのバーテンダーを彷彿とさせる。無表情な藍色の目をしていた彼の言葉が、ふと思い浮かぶ。

『…貴女自身、何を望まなければ、最後までお二人の時間を大切にできるのか、もうすでに、ご存じなのでしょう?』