カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ
「ねえ、鈴置さん」
先ほどまでの、口下手な少年のようにもどかしい口調が、急に低く落ち着いたそれに変わる。窓に映るバーテンダーの横顔は、ゆっくりと物憂げな色を深めていった。
「この世の中、『べき論』だけでは片付けられないことが、たくさんあると思うんですよ。人を想う心なんてのは、まさにその筆頭じゃないですかね。貴女はまだお若いから、そういうのは認めたくないのかもしれませんが」
美紗は、バーテンダーの言葉を聞いているのかいないのか、ただ、ぽろぽろと涙を零した。テーブルに置かれたままのブルーラグーンは、美紗と一緒に泣いているかのようにグラスに水滴をまとい、ペンダントライトの薄暗い光に、静かに照らされていた。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ 作家名:弦巻 耀