カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ
美紗は、嗚咽とも呻きともつかぬ声を漏らした。あの夜の記憶を辿ろうとすると、青い光の中で立ち止まった時と同じような胸苦しさを覚えた。未だに彼を求めてやまない想いと、激しい罪悪の念が、無秩序に絡み合い、襲いかかる。
「あの、大丈夫ですか?」
「……誰かを、悲しませてまで、日垣さんと一緒にいたかったわけじゃ、ない……」
美紗は、ブルーラグーンから顔を背けた。
「信じてはもらえないと、思うけど……」
「いえ、僕は……」
藍色の瞳が、美紗にかけるべき言葉を探して、宙をさまよう。
「日垣さんの家族は、離れていても、とても仲が良さそうで……。日垣さん、よくお子さんのこと、話してた。そういうのを、私が壊してしまうなんて、そんなこと、したくない。日垣さんが、大切にしているものは、私も大事にしたいから。ずっと、……ずっとそう思ってたのに」
好きな相手も、彼の周りの人たちも
きっと、不幸にしてしまう
それを承知で、好きになってしまった
それを承知で、想いを遂げてしまった
「だから私は、……誠実なんかじゃない」
涙を滲ませる美紗の目は、確かに、澄んでいた。征は、泣き出しそうな顔で、意を決したように口を開いた。
「僕みたいなのが何か言っても、何も知らないくせにって思われるだけかもしれないけど、僕は……、鈴置さんは、ブルーラグーンに相応しい女性だと、思います。その、……誠実っていうのは、嘘がなくて、真面目で、まっすぐってことでしょ? 鈴置さんは、そういう気持ちで日垣さんのこと好きになったんだし……。日垣さんは、たまたま家族がいる人だったけど、だけど……、誠実なのは本当だから」
美紗は何も答えなかった。テーブルの端に置かれたキャンドルホルダーの光だけが、沈黙の中で揺らめいた。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ 作家名:弦巻 耀