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短編集3(過去作品)

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髪を掻き上げる女



               髪を掻き上げる女

 男と女が結婚するということは実に不思議なことだ。知り合ってすぐ直感でこの人と結婚したいと思っても結局すぐに別れたり、どうでもいいと見合いして、それがとんとん拍子に話が進み、あっという間にゴールインするパターンもある。
 しかし大抵は、知り合ってから一定の交際期間を経て結婚する。もちろん双方とも家庭や仕事や仲間といったものが様々な形で影響し合って、スムーズに行かない場合もあるだろう。それでも祝福されゴールインしたいと思うのは皆共通で、その思いに間違いはないのだ。
 ここに知り合ってから約一年の交際期間を経て、めでたくゴールインするであろうカップルがいる。意外とまわりの環境による障害は皆無に近く、少しずつ育んで来た愛の花を間もなく開花させようとしていた。
 男の名は谷山隆といい、女は矢沢みゆきという。
 お互い親への挨拶も終り、後はゆっくりしかし着実に来るべき日のための準備の段階なのだが、当事者にはそんなことより楽しくて仕方がない現在を堪能することが一番のようだ。
 お互い仕事を持っているので会うのは夕方からになるが、いつも待ち合わせする場所は決まっていて、そこで食事をとって隆の部屋へと直行する。みゆきが食事を作ってもいいのだが、お互い仕事が終ってからではそれもきついだろうということで、とりあえず夕食は外食にしている。
 その日もいつものようにみゆきは、待ち合わせの喫茶店に入り、待つことにした。
 みゆきの会社は電車に乗って三十分も行かなければならないところにあるが、女性ということで大抵定時に帰ることができる。そのため乗る電車が一定しているので時間には正確だ。降りる駅が急行も止まるような大きな駅ということも幸いしてか、待ち合わせに必要な喫茶店には不自由しない。
 駅を下りると正面コンコースにバスやタクシーの乗り場を構成するロータリーができていて、それぞれの乗り場と駅を結ぶための陸橋が伸びている。その陸橋を駅の方から真っ直ぐに進んでくると、見えてくるビルの二階にいつも待ち合わせをする喫茶店がある。
 みゆきも学生時代はここの四階にあるカラオケルームに来たことはあるが、ここの喫茶店を学生時代の友人との待ち合わせに利用したことはなかった。
 店内に入ると夕方六時すぎにしてはあまり客が入っていない。近くにケーキのおいしい店や、コーヒー専門店がいくつかあるので分散しているのかも知れない。いつものように奥へ進むと、窓際の席に腰掛けた。
 窓の外からはロータリーが一望でき、さらに入り口を正面に座っているので、隆が来たことをいち早く知ることができる。いつものように注文したコーヒーを口に運びながら、目はロータリーを行き来する人に釘付けになっていた。
 待ち合わせはいつも六時半にしている。みゆきは電車の時間の関係もあり、いつも二十分前にここに来ている。次の電車でもよいのだが、仕事が終わってあまり会社の近くにいることを好まないみゆきはいつも同じ電車に乗り込み、ここで待つことを選んだ。
 ここの窓から見える風景も、密かな楽しみであった。好きな人を待っていて、必ず現れるという思いから余裕も生まれ、人を待つことが苦痛としか思っていなかったことが夢のようである。今は逆に楽しいくらいだ。
 いろいろな世代の男女が行き交うロータリーから、スーツ姿のサラリーマン、OLや、学生服姿の中高生と皆それぞれの人生を抱えながらも、ここでは通勤通学といった共通の目的のもと、同じようにコンコースに吸い込まれて行く。みゆきはまるでアリの行進にも似たそんな光景を見ながら時々一人をターゲットにして、その日のこれからや、その人の人生をあれこれと想像してみることもあった。もちろん想像だけなので、好き勝手にできる。OLが軽やかに歩いているのが見えれば、これからデートなのでは? などと一つの発想から枝葉も広がって行く。
 表を歩いている自分を見ることができれば、一体どんな顔をして歩いているのだろうと思う。朝通勤の時など無表情の能面のような表情だろうし、帰宅する時は疲れ果てているが、充実感のある顔をしているに違いない。しかしそれを自分に対して想像するのは困難だ。
 そんな密かな楽しみを覚えたみゆきに、最近気になりかけている人が一人いる。それは女性で、いつも六時半すぎに現れる。ちなみに隆は最近六時半の待ち合わせに間に合ったことがなかった。みゆきとしては仕事が忙しいだけなのだろうと思い、それほど気にしていなかったが、そのせいでその人のことを気にし始めたのだ。
 年齢的に言えば、まだ二十歳すぎくらいであろうか。そろそろ二十八歳になろうとしているみゆきから見ればかなり若く見える。駅のロータリーを行き来する人の波が、到着するバスや電車によって決まることは、今さら言わなくても分かっていることだが、その女が現れるのはそのどちらでもない時、つまりほとんど人が通らないわずかな時間であった。それだけに目立ち、しかも毎日とくれば、当然気にもなってくる。
 みゆきがその女を気にし始めたのは、ここ一ヶ月半くらいである。人通りの少ない時間を漠然と見ていたが、ある日その女と目が合った。明らかに女はみゆきを見ているようだった。喫茶店の窓を見上げ、みゆきを確認して微笑みかけたのである。それが一日だけならそれほど気にもならないが、気になり始めてから毎日、ビデオテープの再生でもしているかのように繰り返される。そして癖なのだろうか、しきりに髪を掻き上げる仕草を見せる。
 初夏のこの時期、六時といってもまだ日は高く、西日が眩しい。表から喫茶店内を見詰めて微笑むということは相手をかなり意識していないとできないことだが、
(友達の妹だったかな)
くらいにしか、みゆきは思っていなかった。その表情に違和感はなく、自然な微笑みだ。
 隆が現れるのはそれから決まっていつも五分後だった。最初の頃は足取りも軽やかに、まるでスキップを踏むように現れ、こちらに笑顔で手を振る余裕もあった。しかし最近は疲れているのだろう。足取りは極めて重く、頭は垂れ下がり、じっと下を見つめるように歩いている。頭は決して上げようとはしない。
 しかしそれも窓から見える表情までで、喫茶店の入り口に現れる時は、すでに笑顔に戻っている。切り替えが早いことは彼の長所だ。
「ごめん、待った?」
 これが隆の第一声、待ったに決まっているが仕事なら仕方のないことで、
「いいえ、それほど」
と答える。ここまではいつものパターンだ。
 隆は息を切らせているが、そんなに無理しなくてもいいのにと、みゆきは感じた。
 みゆきから見て隆は営業には向いていないような気がしていた。気を遣おうという気持ちは前面に出ているのだが、それがあまりにもはっきりしすぎていて、押し付けがましく見える時がある。要するに悪く言えば要領が悪い不器用な男なのだ。しかし良く言えば正直者とも見れるわけで、そんなところがみゆきに好まれたところかも知れない。
作品名:短編集3(過去作品) 作家名:森本晃次