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【真説】天国と地獄

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 話をしている鬼も、高山の話を聞いて、切羽詰った状況に追いやられるかも知れないとは思っていても、まだまだ実感としては湧いてこない。高山が一番懸念しているのは、性欲を持っている地獄にいる人間と、禁欲に縛られてきた天国からやってくる女が交わることでどうなるかということが恐ろしかった。
「天国の女が地獄に来ることで、まるで酒池肉林のようになって、秩序は崩壊してしまうか、あるいは、女に蹂躙されてしまって、天国の女に男たちが食い尽くされ、天国の支配下にでもなってしまわないか」
 という危惧が頭に浮かんでくるのだった。
 恐れていたことが起こった。天国の女が、閻魔大王に付き添っていた女から地獄の何たるかを聞き、天国からの脱出を試みた。
 まず、地獄の鬼を懐柔し、自分たちの思いのままになる連中を作った。彼女たちがいかにして天国を抜け出し、地獄へ向かうことができたのか、不思議な感じがしたが、考えてみれば、天国から地獄への門番は鬼がしているのだ。女たちも道さえ分かっていれば、鬼が助けてくれるので、地獄へと向かうことができた。
 地獄というところは、確かに自由だが、男女の比率からいえば、圧倒的に男性の方が多い。特に鬼には元来人間のような性欲はなかった。元々女が少ないのだから、性欲を湧かないように最初から作られていたのだが、それでも性欲がないわけではない。欲というものに気が付けば、彼らが溺れてしまうのも無理もないこと、知能は人間よりも優れているにもかかわらず、人間の方が鬼たちよりも立場が上なのは、人間には鬼にない欲というものがあるからだった。
 鬼はあっさりしたものだった。地獄であっても自由さえ謳歌できれば、余計な欲は必要なかった。食べ物も食べられればそれでいいし、女を抱くという習慣もなかった。
 そんな地獄に天国の女が一斉になだれ込んで来た。理由としては、
「自由を求めて」
 というのが表向きだったが、実際には地獄の鬼を相手に、自分たちの性欲を満たそうというのが目的だった。
 彼女たちは、地獄の人間には興味はない。天国にいる人間を見ていて、俗世間から離れた禁欲であったり、欲深かったことが災いして天国を選んだために、禁欲を余儀なくされた彼らにはもはや感情はほとんど存在しなかった。つまりは、男としての魅力はまったくなかったのである。
「人間の男なんて、つまらないわ」
 というのが、天国の女の考えだった。
 彼女たちは人間ではない。天国にいても、男は禁欲、戒律を破れば、男も女も、まるで人間が生きている時に思い描いていた地獄絵図を見ることになる。まさしく天国の中の地獄であった。
 彼女たちは、人間よりも鬼に近かった。ただし、男の鬼は自由だけを求めていたが、天国の女たちは、さらに欲望を求めた。つまりは性欲である。
 彼女たちが地獄の鬼に憧れるのは無理もない。姿形は違えども、同じ進化を遂げてきた男女だったのだ。引き合うところがあってしかるべきである。
「私たちは、地獄で鬼どもを懐柔して、地獄で自由と性欲を謳歌するのよ」
 と言って、地獄へとなだれ込んでいったのである。
 なだれ込んだと言っても、秘密裏に進んだ行動だったので、ほとんど表に出ることはなかった。地獄の秩序を預かる鬼たちを懐柔したのだから、気づいた時には地獄は天国にいた女たちに蹂躙されていた。
 ただ、彼女たちは、自分の欲望を満たすことができればそれでいいと思っていた。実際に今までできなかったことを謳歌していると、これこそ天国を味わっているのだ。身体の欲はあるが、征服欲や出世欲のようなものは一切なかった。
 このまま彼女たちは地獄に納まることができればそれが一番よかったのだが、地獄の秩序は乱れてしまった。閻魔大王も、彼女たちの気持ちが分かるだけに、解決策を急ぐことはなかった。ただ、ダラダラになってしまうと、収拾がつかなくなることから、まずは、彼女たちに地獄の秩序を教えることから始まった。
 最初はそれでもよかったのだが、そのうちに女たちの中から、
「天国が懐かしい」
 という者が現れた。
「裏切り者」
 という意見もあったが、
「尊重してもいいのではないか」
 と、意見が分かれてしまった。
 その中で、
「天国を地獄のようにしてしまえばいいんじゃないの?」
 という意見が生まれたが、これが一番最悪の考えであった。
 天国は天国であって地獄ではない。天国には天国の存在意義があるからだ。しかし、今の天国というところには、戒律はあるが秩序がない。そのため、禁欲に苛まれてしまっていたのだ。
 彼女たちは一計を案じた。自分たちが地獄の鬼にさらわれて、人質になっているというシナリオだった。
 その時、地獄の閻魔大王が地獄にいる「釈迦」を生きている時代に修行にやらせて、そこで仏教を広げた。そして、寿命を全うして、また天国に戻ってきた。それが天国の歴史の始まりだった。
 その釈迦という人物が、実は三雲であることを知っているのは、高山と閻魔大王だけだった。
 三雲や高山が生きていた時代、もちろん仏教というものは存在し、釈迦の存在は広く知られている。それなのに、なぜ三雲が高山と一緒に交通事故に遭って死んでしまい、天国と地獄の狭間でどちらに行くかの選択を行った。
 ちょうどその時、まだ完成されていなかった天国の女が反乱を起こし、地獄になだれ込む。地獄の秩序と天国は確立されていなかった。
 そんな時、三雲は釈迦になり生き直すことになり、地獄の秩序と天国が確立されることになる。
 これが、高山と三雲の天国と地獄。この世界は輪廻のように繰り返している。他の人の天国と地獄も同じように輪廻の中にあるのだろうが、それはそれぞれの人間の物語。
 そう、天国と地獄は、人それぞれに存在している。それが、高山が書いた、
「【真説】天国と地獄」
 という本の内容であり、輪廻は自分の中だけで繰り返されるものであった……。

                  (  完  )



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作品名:【真説】天国と地獄 作家名:森本晃次