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【真説】天国と地獄

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 この物語はフィクションであり、登場する人物、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。

              天国と地獄

 人は死ぬと一体どうなるというのだろう?
 いろいろな宗教がある中で、一番日本人に馴染みのあるのは、「天国」と「地獄」という発想ではないだろうか。宗教的な発想からではあるが、道徳的にも天国と地獄の発想を持ち出すことで、人を納得させることができる。
 ここに一人の小説家がいる。名前を高山廉太郎という。彼は、
「俺は本当の天国と地獄を見てきた」
 と言って、一冊の小説にしようと、頭の中に描いている内容を文章にしようとしていた。
 元々は童話作家としてデビューしたはずの彼が、どうして天国と地獄などというテーマに手を染めたのか、知る人はいなかった。童話作家としての彼の名声は、それなりに知名度を得ていた。新たなジャンルへの開拓をいまさら手掛ける必要などないはずなのに、彼がどうして冒険とも思えるようなジャンルに手を出したのかというと、その理由が、
「天国と地獄を見てきた」
 という言葉だった。
 そんなバカなことを信じられるはずもない。せっかく今まで気づいてきた童話作家としての地位を自ら崩してしまおうという行動に、担当編集者も困惑したに違いない。
「高山先生。そんな無茶なことはやめてください」
 高校時代に童話作家新人賞に応募して、入賞すると、そこから先は順風満帆の作家人生を歩んできた。今年三十歳になっても、新作は出せばヒット、過去の作品も順調に売れていて、童話作家として、第一人者となっていた。
 彼の作風は、童話作品の中に、何かの教えが絶えず含まれていて、他の童話作家からは、
「宗教かかった作品だ」
 と言われて、非難する人もいたが、実際の読者にしてみれば、
「子供の教育上、きれいごとばかりを書いている作品が多いけど、高山先生の作品は、しっかりとした教えが描かれている」
 と言って、親や学校の先生からは絶大な人気だった。
 確かに可愛らしくて、メルヘンチックな作品ばかりが童話だと思われがちだが、そこに教訓めいたものがないことを危惧している人もいた。高山氏の話によれば、
「子供向けのおとぎ話には、必ず教訓めいたものが存在しているにも関わらず、そのことに大人が触れないことで、童話というものも、メルヘンチックな作品が童話だという認識になっているんだ。本当は少々過激な内容になったとしても、子供に対して、教訓を与える作品でなければ、意味がないと思うんだ」
 と、テレビに出演した時、話をしていた。
 その話に共感を受けた評論家も多かった。
「高山さんの童話は今までにない新しいジャンルの作風で、童話というよりも、おとぎ話のようなところがある。しかも、彼の話を理解しようとすると、避けては通れない教訓があり、そのために好き嫌いのような賛否両論が渦巻くことだろう」
 実際に、彼の作品が物議をかもし、社会問題になったこともあった。
 それでも、彼の作品は子供が読む作品という域を超えることはなかった。そのせいもあってか、賛否両論はあっても、否定的意見が賛成意見を超えることはなく、否定的意見の説得力よりも、賛成意見の説得力の方が強いことから、彼の童話が十年以上も売れ続けている証拠だった。
 高山氏は、作品を絶え間なく出版していた 出版社の中には、
「あの人の頭の構造はどうなっているんだろう?」
 と思えるほど、溢れるほどの発想が紙面に踊っていた。出版社の取材で、
「あの発想は、どこで思いつかれるんですか?」
 という質問に対して、ニコニコ笑いながら、
「夢に出てくるんだよ」
 と平気な顔で答えていた。
「夢にですか?」
「ええ、皆さんは夢に見たことを覚えていますか?」
「いえ、私はあまり夢を見ている方ではないので、見た時も目が覚めて覚えているということは珍しいですね」
 というと、
「あなたは、夢をあまり見ていないと言ったけど、本当にそうなんでしょうか?」
「どういうことですか?」
「本当は夢を見ていたんだけど、目が覚めた時に忘れてしまったことで、覚えていないと思っているだけじゃないですか?」
 と言われて、取材している人の表情は驚きに変わり、まるでそんな発想を抱いたことはなかったと言わんばかりだった。下を向いてしまって、一瞬自分の仕事を忘れてしまったくらいだった。
 だが、さすがにテレビ局のレポーター、すぐに我に返ると、
「確かにそうかも知れません。今まで考えたこともない発想に、さすがの私もビックリしました。でも、この思いはこのテレビを見ているどれくらいの人が、今の自分と同じくらいの驚きを感じたのか、気になるところです」
「そうでしょうね。夢に対しては、完全に他人事のように、『自分の意志に関係のないところで見ている』と考えている人と、夢を見る見ないというところから、いろいろ考えてしまう人もいるだろうね。僕の場合は、後者の方なんだ。夢に見たことを覚えているということは、それだけ何かの暗示があってのことだと思うんだ。覚えていないことが、大したことではないとは言わないけど、夢というのは、他人が絡むことではなく、すべては自分の中にある潜在意識が見せるものだとすれば、忘れてしまっているにはそれなりに理由があるからだと思うんだ」
「その理由というのは?」
「その夢を、目が覚めてから意識したくないという思いがある場合ですね。それが自分にとって思い出したくない夢なのか、あまりにも印象が深すぎて、夢の世界を引きずってしまいそうになるので、夢の世界だけに収めておきたいという思いからなのか、そのあたりの理由が潜んでいるのではないでしょうか?」
「なるほど、奥が深い発想ですね」
「それだけ、夢というのが奥の深いものだということですよね」
 高山氏の発想は、取材する人のさらに先を行っているようだった。
 この時のインタビューは、本当は夢の話をする予定ではなかったのだが、夢の話に言及したことで、高山氏の童話作家としての意識が、テレビカメラを通して、全国の童話ファンの心を掴んだと言ってもいい。
 元々彼に否定的な意見を持っていた人も、否定的な意見ではありながらも、
「今一度、高山廉太郎という人物について、いろいろ考えてみる必要があるかも知れないな」
 という発想になったのも事実だった。
 デビュー当時は、彼も他の作家のように、メルヘンチックな作風だった。
「メルヘンチックな路線でも十分第一人者になることができたはずなのにな」
 という人もいて、それを残念がっている人もいた。
 彼の作品に陶酔していた同業者である先輩童話作家がその一人だが、高山氏の考え方には一応の理解を示しているが、作品だけは、メルヘン路線で押し通してほしかったと思っている。
 その人のメルヘンチックな作品は、高山氏がデビュー前に尊敬していたものであり、かなりの影響を受けていた。
「一体、どんな人なんだろう?」
 趣味で書いている間、一番の尊敬する童話作家の彼のことに一番興味があった。
「あんなにメルヘンチックな発想をするくらいなので、心が綺麗な人に違いない」
 と思っていたのだ。
作品名:【真説】天国と地獄 作家名:森本晃次