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短編集2(過去作品)

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 夢の中である男と知り合うのだが、最初はモザイクが掛かったようにその男の顔がはっきりしない。しかし次第にはっきりし始めると、それは見覚えのある顔だった。何とその顔は自分自身ではないか。じゃあ、一体自分は誰なんだと思った時、目の前に鏡が現れた。そしてその鏡に写っているのが、今目の前にいる陽子だと雄二は語ったのだ。それだけに陽子の顔に対してのイメージも、夢の内容もクッキリと頭の中に残っていた。陽子の顔を見た時、すぐに思い出せなかったのが不思議なくらいだという。
 せっかく運命的な出会いだと信じ、これからの素晴らしい生活を夢見ていた陽子だったが、それも長くは続かなかった。雄二が突然自分の前から消えてしまったからである。陽子は必死で雄二を探したが見つからない。
 雄二は自分の中にあった願望に気付いたのだ。陽子が好きになり始めていた雄二にはどうしても夢の中で自分が陽子だったということが忘れられない。女装ということに今まで嫌悪以外の何ものも感じなかったが、自分の中にある女の部分に気付いたのだ。そしていつしか女装に目覚めた雄二からのメッセージが届くようになった。
「柿崎陽子さんですか?」
 そういっていつもすぐに電話は切れたのだ。
 ざっとそんな内容だが、私はすぐにはその内容を理解することが出来なかった。私の想像しているストーリー展開をはるかに超越していて、さらに自分にダブらせてみるところも多々あったので、それも仕方のないことだろう。
 今は喫茶「キャッスル」にいる恭子のイメージが湧いてこなかったが、さらに私の中では、彼女が私の前から姿を消すのではという予感がないでもなかった。突然、目の前からいなくなるという陽子のイメージしたシーンが浮かんでくるのである。
 それにしてもラストシーンが私には信じられない。最近の間違い電話は紛れもなく「柿崎陽子さんのお宅ですか?」と掛かってくるのである。偶然の一致にしてはあまりにもうまく行き過ぎている。とにかく気持ち悪い電話であることには違いない。 
 次の日から何日か喫茶「キャッスル」に通ってみたが恭子はおらず、店に入る前恭子のイメージすら湧いてこない。恭子は私の苗から姿を消したのだ。店の雰囲気も心なしか違うかんじがする。人が多く、活気があるのに、最初に感じた真っ白な明るい感覚はない。たぶん恭子がいての店しか見ていなかったからだろう。
 私はあえて恭子を探そうとは思わない。毎日のように会っている時は、もし恭子がいなくなれば自分はどうなるだろうと考え、必死になって彼女を探そうとするに違いないと思っていたのが嘘のようである。少しずつ頭の中から恭子のイメージが薄れていくことに、何の不自然さも感じない今の私とどちらが本心なのだろう。十日もしないうちに私の頭の中から恭子のイメージが消えているのだ。顔すら浮かんでこない。まるで一ヶ月半たらずのことが夢のようである。
 夢といえば最近夢らしい夢を見ていない。それは自分の中で意識してあった。印象の深い夢はそれ自体覚えていなくても夢を見たという資質だけが深く印象として残っているものである。自分の意識にある「夢を見ていない」というのは二つの考え方があり、本当に見ていないのか、見ているが印象に残っていないかであり、たぶん私は後者に属するのではないだろうか。
 もちろん根拠はない。しかし恭子の意識が薄くなってくるにつれ、何事にもあまり感じないタイプの人間になっていくのに気付いていた。そういうことは自覚できるものらしく、今までも周期的にあったことなので、あまり深刻に考えることではない。
 しかしそれから数日経って見た夢は,確実に頭の中に残っていた。はっきりとして恭子をイメージした顔が浮かんでいる。そればかりではない。夢というものにいろがないとずっと思っていたが、その日に限って恭子の着ていた服の真っ赤な色が、深く目の奥に刻み込まれている。あまりにもリアルすぎて、夢か現実かの区別がつかないくらいだが、なぜか夢として見ているという自覚がはっきりしていることも、夢として不可解な点であった。
 いつか読んだ本と夢がダブっていた。登場人物は私と恭子の二人だけ、私の頭の中には邪な考えが宿っていて、次第に恭子の服を脱がそうとしている。その行動に何の抵抗も示さない恭子は、次第に白い肌があらわになっていく。
 しかしいよいよと思ったその時である。目の前から恭子は消えていた。必死になって探す私の目の前には鏡があり、そこに写っているのは恭子だったのだ。明らかにいつか読んだ本の内容とダブって頭の中にある。
 夢から覚めた私の頭に描かれた恭子の姿とは、実は鏡に写ったその姿であった。確かに赤い服の印象も強く残っているのだが、自分が写っていると思い見詰めたその姿は、それ以上のものである。
 夢は大きく二つに分けられる。一つは普段表には出てこないが、願望や気になっていることが潜在意識を通して夢となって現れるパターン、いわゆる普通に見る夢である。もう一つは自分の意志に関係なく、これから起こるであろうことを夢として見るパターン。こちらは誰もが持ち合わせているというものではない特殊な夢である。
 私がこの本を取ったのもただの偶然であろうか? その中に柿崎陽子という名前を見つけなければ気にもしなかっただろう。しかし本の内容を見るや、もはや無視できるものではなくなっていた。
 柿崎陽子は実在の人物だというのが一番自然な考え方である。どこかにいる柿崎陽子さんに誰かが電話を掛けた。ひょっとしてイタズラ電話もあるかも知れないが、中には真剣なものもあっただろう。
 柿崎陽子、そうそれは私そのものである。鏡の前に立っている女性、私のイメージした女性、今は私の前からなぜか姿を消した恭子であった。しかし、私の頭の中にある恭子という女性のイメージはどこかに消え去ってしまい、目の前にいるのは柿崎陽子その人なのである……。


 昨夜、私が手にした本の作者は実は優子であった。私との思い出を本にしたらしいのだが、以前私に「九十九は好きだが一つは嫌い」と言ったあの言葉、その意味がこの本の中に込められている。私の潜在意識としての「好きな人になりきりたい」という思い、それにいち早く気付いていたのだ。そんなことを私に言えるはずもなく、卒業後作家になった彼女はこの本に思いを託したのだ。
 私の前に現れた恭子という女、それは私の願望を満たすには恰好の存在だった。何となく妖艶な雰囲気が漂い、いつ会う時でも二人きりであったが、私にとって夢のようなそんな時間が永遠に続くと思われた。
 彼女は「私と以前どこかで会ったことがある」と最初に話したが、それは私と同じような夢を見たからである。彼女の夢の中に出て来た私は、一瞬だったかも知れない。すぐに目の前に鏡が現われ、そこには恭子の姿があった。顔を見たとたん顔だけの記憶が蘇ったのだろう。
 そう、柿崎陽子とは、すなわち私にとって恭子なのである。しかしそれは私にとってだけということである。なぜ彼女が私の前から消えたかは定かではないが、それは束の間の夢だったのだ。それがあの「柿崎陽子」宛の電話で理解できる。
作品名:短編集2(過去作品) 作家名:森本晃次