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軍師

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・・・それがし、近畿 東海 小田原を旅してまいりましたが、みな暗うござり申した」京極花楓「暗いとはのー はて」立花宗重「領民の顔色でござる」京極花楓「ほうー、してわが領内の民はいかがなるものか」立花宗重「すこやかで希望に満ちておりまする。
また町並みやその風情、人となりのさまなど、なにやら都びて美しゅうござりまする」花楓はそのすべての言葉に満足の笑みを浮かべながら、京極花楓「すべてはこのもの達のおかげであろうかの」と言い、惜しげもなく掌中の珠とも言うべき見事な竹細工の籠を取り出して見せたのであった。
立花宗重「ほうー、蚕でござりまするな」と言い、直ぐにこの国の豊かさのみなもとを見抜いたのであったが、そのことはおくびにも出さずに、黙していると、京極花楓「このまゆから紡いだ絹に金糸銀糸などで紋様を織りだした絹織物を京 大阪などに送り商っておりまする」京極花楓「いつの世もおなご衆は美しい織物には目がありませぬからなぁ、また殿御たちも意中の人の歓心を得るがために、先を争って買い求められまする」立花宗重「なるほど、大商人達は国をまたいで色々なものを自由に商っておりまするが、この戦乱の世ともなれば諸国からの兵糧米や武具類などの調達を一手に引き受け、おおもうけをいたしておりまする。
しかしよく信任のおける京や堺の商人達を御存じでござりまするな」その問いには花楓はわずかに威厳をふくませながら、京極花楓「わが父君は、五摂家の末席に連なる参議をいたしておりましたゆえ、その父の頃よりしゆかりの者達でござりまする」京極花楓「さて、立花殿はどちらのお生まれでござりまするか、今は国も主も持たぬと申されるが、さぞかしご立派なご出自でござりましょうな」宗重はここでかたくなに拒むのも礼を逸すると思い、また国主の温かき人となりをまじかに拝察して心が動き、今まで固く口を閉ざしていた出生を申し述べる事にしたのである。
立花宗重「それがしの父は、さる国の勘定方に仕えておりましたが、謹厳実直で融通の利かぬところから上役や同輩らに疎まれ、巧言令色の輩ばかりに囲まれた殿はやがて、父を讒言する者達の意を御取り上げになり、僅かなる落ち度を口実に切腹を仰せ付けられたのでござりまする」京極花楓「なんとした事であろうか」立花宗重「母は、あまりにも理不尽な仕置に悲しみのあまり、気鬱の病におかされ後を追うように、身まかりましてござります」立花宗重「元服前のそれがしは、母方の祖母に預けられ、武なき文、文なき武は貧者の見識であるとして文武両道の道を厳しく教え込まれ申しました。
やがてその祖母も亡くなり身寄りのなくなったそれがしは、意を決して国許を出奔したしだいでござりまする」京極花楓「そうでござりましたか」立花宗重「今でも祖母のいまわのきわの言葉を生涯の戒めとして、心のうちに刻んでおりまする」京極花楓「さぞかしご立派な御遺訓でござりましょうな、もし差し支えなくばわらわにも、お聞かせ願えまいか立花殿」立花宗重「かしこまってござります」と言い、脳裏に刻まれた祖母の臨終の様子を浮かべながら語りだしたのであった。
立花宗重「そなたは、泣きながらこの世に生まれ出でた、しかしまわりの者たちはそれを喜び笑いながら迎えてくれた、だから死ぬるときは、そなたは笑みを浮かべながら死に、まわりの者たちが涙するような生き方を心がけなされ、と言い残してござりまする」それを聞き終えた花楓はわずかに目元をうるませながら、京極花楓「なんともご立派なお言葉でござりましょうや、あまたの賢者の金言名句も、この御遺訓を目の当たりにすれば色を無くしましょうぞ」と、檜扇を持つ右手に僅かに力を込めながら述べたのであった。
花楓は、ぜひともこの武士を当家に召し抱えたいと思い、京極家の置かれた境遇を包み隠さず話し出したのであった。
京極花楓「立花殿は、旅をしておられると申されたが、しばしの間当家に腰を落ち着けられては、いかがなものか」京極花楓「立花殿のような深い見識をお持ちの方に、当家の窮乏を救ってもらう事を常々夢見ておりました」立花宗重「それがしも、御領内に足を踏み入れましたおり、物優しい母や厳しくも慈愛に満ちた祖母の薫りがいたしました、それがしでよければ何なりとも、お申し付けくださりませ」やがて接見も滞りなくすみ、ふたたび深々と平伏したのち、退出し城下の武家屋敷に居を構えたのであった。
その退出の際のけれん味のない立ち振る舞いに、京極花楓「なんとも頼もしきお方ではないか、これでこの国の行く末にも光明が差し込んでまいったようじゃのう」と言い、控えていた都に住まいし頃からの侍女頭におもてを向けると、侍女頭「御当家には、めぼしい戦ばたらきをする武将達は残ってはおりませぬし、また兵も弱きにござりまする、どのような手立てをお持ちでござりましょうや」京極花楓「立花殿には、何かお考えあっての事であろう、力になると申されたではないか、案ずることはない」とさとし、表書院を後にしたのであった。
数日後、賜った屋敷内の縄張りを滞りなく済ませ、再び侍女の案内によりお城へ家臣として初登城したのであったが、その日は、数日前に接見した表書院を通り過ぎ、奥書院へ通されたのである。
奥書院とは国主の日ごろの執務を取り行う所で、休息室も兼ねており、内々の者だけしか入る事かなわぬ高貴な部屋である。また目を外へ転じると都の香り漂う精緻なたたずまいの庭園は、城下町の賑わいとは対極の研ぎ澄まされた静寂さを湛え、ときおり池の鏡面を打つししおどしの響きが、静けさにさらに奥ゆかしさを漂わせていた。
その時、平伏して待つ宗重の耳元に心地よい衣擦れの音を響かせながら渡殿を進む京極花楓が、明日をも追いかける様な足取りで現われたのであった。
京極花楓「長らくお待たせいたし、申し訳ござりませぬ立花殿」立花宗重「家臣ならば控えおるのは当然のことでござりまする、また、なんびとたりとも入る事かなわぬこのような高貴の間への出仕ありがたき幸せに存じまする」と言い平伏したのであった。
やがて面を上げた宗重に、花楓は一通の書状に目を通したのち、それを宗重に渡しながら幾ばくかのため息とともに、京極花楓「またこのような書状が東の隣国よりまいっておりまする。
こたびはもはや一歩も引かぬこわもてのようすが見て取れ、我が国の返答如何によっては、まさにくにざかいを越えてくるかの様なふみでありまするが、彼らの申し入れを呑む以外手立てはござりますまいか」と、手渡された一通の書状を一読した後、立花宗重「隣国の申し入れを呑む以外策はないかと心得まする。
作品名:軍師 作家名:森 明彦