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軍師

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月の満ち欠けさながら自分の贔屓の俳優や、脚本家、撮影スタッフなどが緩やかに遠ざけられるようになり、気が付くと外堀を埋め尽くされたはだか城のさまで、このまま本丸に手がつくのを座して待つよりは、みずから度量を示して今まで積み重ねてきた実績や作品を、いにしえの蒔絵や螺鈿のように、長く賞賛を浴び続けたいとの思いを込めての事であった。
やがて、満を持しての登場となった大峪(おおたに)公(あきら)監督の心に、花を愛でるが如くひそやかに温めていた映画『軍師』の製作記者発表会が都心のホテルで盛大に行われた。
201X年春に公開予定である発表会には、映画関係者のみならず、評論家、報道陣などを招待し豪華キャストが集結したのであるが、監督の右横に立つ主役の俳優には、僅かな関係者以外は誰にも面識はなく、新人にしては角の取れたような落着きを見せてはいたが、いったん鯉口を切れば白刃の切れ味のごとく、眼光炯々とした眼を湛えていた。監督の秘蔵っ子と言うよりも、彼の型破りな表現力と測りしがたい未知数に賭けたものでもあるのだが、これを初陣に持ってくるというのも監督も少なからず大胆であった。
・・・軍師とは、戦において常に国主の傍らに身を置き、大いなるはかりごとを巡らし国体維持に全力を注ぐ、今で言う所の参謀である。
戦場での個々の働きは各武将の相応の力量に委ね、より大きな器の中での大いなる計略事を司るのが軍師である。
そしてその軍師役の名前に彼の本名を持ってくるというのも、監督の全幅の信頼と言うよりは、彼の濃密なエキスをこの映画に刷り込ませたいとの思いがあったのである。
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とわに続くかと思われた平安貴族の万年の栄華にも陰りが見えはじめ、雅な王朝文化も時と共に色あせてゆき、それを支える立場の守護大名も、権威は弱まり次第に守護代や、国人などにその地位を奪われ没落していった。
やがて下剋上の名のもと、まさに老木がなぎ倒され取って代わった若い芽が満を持してせめぎ合う、いつ果てるともない戦国時代の幕が切って落とされたのであった。
・・・その頃のお話である。
立花宗(たちばなむね)重(しげ)は諸国を旅し、知多半島から小田原を一気に抜けたあと、関東の山あいの祠でしばしの間、身体を休め、したたり落ちる汗をぬぐっていた。天を仰ぐとあたかも両の手を広げたかのような、力強く伸びきった樹木の間から木漏れ日が差し込んではいたが、時折の微風に木の葉がたなびき、こがね色に似た文様をふくよかな色づいた落葉の上に映し出していた。
こもりがちに泣いている蝉の声も、この森の奥では、かよわい一条の光の帯のようにほどなく静寂にのみこまれてしまった。
一抱えもありそうな、うっすらと苔むしたすがれた石の上に腰を下ろし、額ににじんだ汗の粒までもが、きらきらと光彩を放っていた。そこへ優美な斎宮行列を思い浮かばせるかのような雅な輿の一行が、数名の力者に担がれ、侍女をともないながらゆるやかに通りがかったのである。
精緻な透かし彫りの華麗な輿の奥より、しずやかに様子を伺っていた輿の主は、凛々しくもすこやかなる男の面差しに何やら燃え立つような思いを覚え輿を止めたのである。
やがて若草のようなためらいがちに引き戸を開け、軽く会釈を交わしたのであった。
この二十七、八を越えたばかりの輿の主は、西は近畿一帯を治める大国と東は関東一円を領有する大国の挟間に僅かばかりの山深き領地を治める国主であった。
都からその美しさにより望まれて下向し、この地の領主、京極家と結ばれたのではあるが、いくばくもなく領主は病没しまた世継ぎもなく、この小国の行く末を彼女のか細き身に託されたのである。
しかし痩せた土地ゆえ米などは僅かにしか取れぬ有様であったが、えにしとは不思議なるもので都より連れ出でし織師が、山肌に自生する桑の木を見て蚕を飼育し絹織物を作る事を思いたったのであった。
この当時、絹は金銀と並び称される貴重なもので、この小国の中に大きな金脈を掘り当てたようなものであった。
この時代の戦の主な目的は米の取れる豊穣な農地の奪い合いであったがため、米のあまり取れぬ小国などはいささかも見向きもされず、戦乱の災禍を被ることはなかったのではあるが、やがて領地守護の名の元に他国からの度重なる矢銭を要求されるにいたったのであった。
・・・女主「そなた様は、何処の国のお方でおわしまするか」と、輿の奥からのなよやかなる声に宗重は少し間をおいて、立花宗重「拙者、国も主も持ちませぬ・・・あてもなくただ旅をいたしておりまする」と低いが、ぶれのない野太い声で返した。
女主は、なにやらさざ波の様な沸き立つ心の揺れを覚え、声のさまから静謐で陰ひなたの無さそうなこの武士とのえにしをこのまま断つのも、いとはかなくも思い、女主「旅の途中なれば、我が城を尋ねられよ、諸国の話など聞かせてたもれ」と言いのこし、侍女を道案内にとどまらせ輿を先へ進ませたのであった。
ほどなく侍女の優美なる仕草に促されるようにして領内へ進むほどに出会う領民達の顔のほがらかなる事に、宗重はこの戦乱の世にも不思議なものを見る思いであった。
都は今では権威も地に落ち朝廷はおろか公卿衆やまちびと達も、うちつづく戦乱に疲弊し、また戦に明け暮れる諸国の領民達は、領主の厳しいほどの租税の取り立てに不満を募らせ、なかには村ごと田畑をうち捨て逃散する者達が相次ぐ有様であった。やがて城下を見おろす辺りまで来ると、城の縄張りの割には大変な賑わい振りようで、まち人は通りを自由に行き交い諸国の物産を扱う店は軒を連ね、はるかにこの国の石高以上の豊かさをものがたっていた。
はて、この眩いばかりの活力は何処から来るものかと思いながら、やがて城に着き侍女に促されるように大手門をくぐり抜け、徒番所脇の階段を上がり、まずは控えの間にて湯浴みをし、侍女の手を借りながらも髻(もとどり)を結い直し、新たな衣服で身をととのえて、槍の間、梅の間、竹の間と進み、ほどなく公式な接見の間である表書院へ通された。
もうそこには色鮮やかな袿(うちき)を幾重にも重ね、貴人 賓客の接待の折に着用する萌黄色の唐(から)衣裳(ぎぬも)を纏(まと)ったあでやかな装束で女主は心静かに着座されていた。
彼女は城に着くとはやる心を押さえながら、すぐに侍女を物見櫓に走らせ、一行を焦がれるほどに心待ちにしていたのである。
宗重は女主の前に進みで国主に対する礼を尽くすように深々と平伏し姓名を名乗ったのであった。やがて女主は「立花殿と申されるか よい名じゃ、わらわはこの国の当主、京極(きょうごく)花(かえで)楓と申しまする、以後みしりおきたもれ」との言葉に、ふたたび宗重は平伏したのであった。
京極花楓「無理な願いをお聞き届け下さりありがとう存じまする」と感謝の意を述べたあと、京極花楓「さて、貴殿は旅をしてまいったと申されたが、よろしければ、見聞きしてまいられた事を、今宵の徒然に聞かせてはもらえまいか」と問われ、おもてを静かに上げながら、立花宗重「かしこまり申した。
作品名:軍師 作家名:森 明彦