⑥残念王子と闇のマル
私が思わずジリジリと後ずさりカレンの視線から逃れると、カレンは視線を皆に戻した。
そして、悪戯な笑顔を浮かべくだけた表情になる。
「僕は、マルに見合う男になります!」
一斉に笑顔が消える皆を、カレンは輝く笑顔で見回した。
「これから世界を巡り、また戻ってきます。皆さんに、マルとの結婚を認めてもらえるような…マルにも一生を任せていいと安心してもらえるような、そんな男に成長して戻ってきます。」
シンと静まり返り、緊張が走る室内に息苦しさを感じ始めた時、父上のため息が響く。
「はぁ…。」
カレンは笑顔を瞬時に消し、父上を緊張した面持ちで見つめる。
父上は、そんなカレンの瞳を真正面から受け止めて、暫く無言で見つめ合った。
けれど、父上が再びため息を吐いて目を逸らし、斜めにカレンを見る。
「逆だよ、逆。」
「…逆?」
カレンが首を傾げると、父上がニヤリと笑った。
「麻流が、おまえに見合ってないの。」
カレンの表情が強ばった時、カットされたケーキが運ばれ、母上が柔らかな声で話を遮る。
「さ、ケーキをみんなで食べましょう。」
「うわ~い!ぼくのところブルーベリーがきたぁ♡」
「私のところには、マスカットもきましたよ!」
「僕のところはイチゴが3つ!」
「え~たいようおじうえ、おとななのにずるい!」
「ずるいって、何だよ。」
「3つあるのなら、3人でひとつずつ分けましょう。」
「お~賢いな!いいよ♡」
ケーキのおかげで、場の空気が再び和み、なんとか滞りなく、誕生パーティーは散会となった。
皆が部屋へ戻る中、理巧がカレンの耳元で囁く。
カレンが頷いた時には、理巧は私の横に立っていた。
無言で差し出されたのは、カレンのケーキ。
チョコレートでできたバラの花が5個も乗っている。
「…ありがと。」
私がケーキを受け取ると、理巧があぐらをかいて座った。
「カレン様、母上に呼び出されました。」
私が残り一口のケーキを口に入れると同時に、理巧が言う。
「謁見室です。」
そして理巧は私からお皿を取ると、再び消えた。
つわりのせいなのか、パーティーに加われなかった寂しさのせいなのか…甘いはずのケーキは、何の味もしなかった。
私が謁見室の天井裏へたどり着いた時、ちょうどカレンの声が聞こえた。
「すみません…よく聞こえなかったので、もう一度お願いします。」
カレンの声が、少し震えている。
こちらから見える横顔は、見たことがないくらい蒼白だった。
「麻流との結婚は認められない、と言ったの。」
カレンに、玉座の母上が容赦なく告げる。
「だから、麻流を迎えに戻らなくていいわ。」
大きく見開かれたエメラルドグリーンの瞳に、鋭い光が宿り、母上の碧眼を睨み上げた。
「これからの護衛には、理巧がつくから安心して。あなたがおとぎの国へ帰る日まで、理巧はあなた専属の忍として自由に使っていい。」
小刻みに震える拳をぐっと握りしめるカレンに、母上が柔らかく微笑みかける。
「あなたのことはみんな大好きだから、遊びに来てくれるのはいつでも大歓迎よ。ただ」
母上は一瞬で笑顔を消して、無表情に告げた。
「麻流のことは、諦めて。」
有無を言わさない威圧感に、流石のカレンも圧倒されている。
(これが、『女王』。)
私も、我が母ながら、その威厳に冷や汗が体から滲んだ。
「…やはり、そうか…。」
カレンは、母上と、その隣に黙って座る父上を、交互に見つめながら、ようやく言葉を絞り出す。
母上は、もう何も言わない。
ただ黙って、何の感情も読み取れない表情でカレンを見つめ返した。
「なぜ、突然!?」
カレンの瞳の鋭さが増す。
父上はそんなカレンを冷ややかな黒水晶の瞳で見つめていたけれど、おもむろに口元のマスクを外す。
「麻流が、忍だからだよ。」
低い艶やかな声が、謁見室に響く。
「…今さら…。」
「忍の任務は、時に非道なこともする。」
反論しようとするカレンの言葉を、父上が遮った。
「おまえがこれから訪れる国の中にも、麻流が任務で関わった国がいくつもある。」
父上の言葉に、カレンはグッと息をのむ。
「…わかるだろ?」
穏やかに、諭すように紡がれる言葉に、カレンの気持ちも落ち着いてきたようだ。
「…でも…それはソラ様も同じでは…。」
掠れた声で、カレンは素直な意見を父上へぶつける。
「違う。」
父上は椅子から立ち上がると、カレンの前に一瞬で降り立った。
「俺は『女王様』と結婚したの。」
カレンの前に屈むと、跪くカレンの肩をぐっと掴む。
「でも、麻流は『王子様』と結婚することになる。」
「…。」
カレンは揺れるエメラルドグリーンの瞳で父上と視線を交わした。
「『女王様』だと公務の調整が自由にできる。俺がヤバい国の時は、別の公務を俺に入れたり、体調不良ってコトにしたり…同伴できない理由を作れる。けど、『王子様』は『王様』の言うこと聞かなくちゃいけないだろ?」
「…じゃあマルだって、体調不良ってしちゃえば」
「この3年間、おまえの専属忍の時に一回も体調崩さなかったやつが、王子妃になったとたん頻繁に体調崩すって…おかしいだろ…。」
呆れたように言う父上に、なおもカレンは食い下がる。
「父上は、マルが忍ということを知っています。だから理由を話せば公務の調整も」
「調略やら謀略を繰り返して、あちこちの国を滅亡させたり侵略させたり、暗殺したり…それを全て話すのか?」
父上は、鋭く遮った。
「麻流は、今はふぬけてるけど、もとは比類なき優秀な上忍だ。だからこそ、非道な任務も数多くこなし、歴史に残る大戦の局面をひっくり返したこともある。国を滅亡させたのも、ひとつやふたつじゃない。」
(…。)
私は今まで自分のしてきた任務から目を背けるように、ギュッと目を瞑る。
「しかも、公表されていない王女。…そんな女を、ひとり息子の…しかも次期国王の妃にするかよ。」
父上はため息を吐くと、カレンの前で胡座をかいた。
「…ま、聞いてると思うけど…俺は、5歳から高級男娼だった。聖華は、それすらも承知の上だ。そのせいで各国の要人の中で、会えない人間がいることも理解している。な?」
玉座の母上を斜めに見上げた父上は、母上が頷くと小さく微笑んでカレンの頭に手を置く。
「嫌でも、噂で聖華の耳に入るんだよ。俺がどんなふうにあの夫人をたぶらかしたか、とか…あの侯爵と何度も寝た、とかね。」
カレンの頭をグリグリ撫でながら、父上は微笑んだ。
「麻流だって、似たようなもんだ。おまえはそれでも麻流を愛してるだろうし覚悟してるからなんとか聞き流せるかもしれないけど…王様の耳にそれが入ったら…わかんだろ?」
その瞬間、カレンの両瞳から涙が一滴落ちる。
「…マルと、話をさせてください。」
震える声で、大粒の涙を瞳に溜めたまま、カレンが懇願するように言った。
「…それは…できねーな。」
珍しく、父上が悲しげに視線を逸らして呟く。
「麻流は…ゆうべおまえに抱かれることで、気持ちの整理をようやくつけたんだから…。」
作品名:⑥残念王子と闇のマル 作家名:しずか