⑥残念王子と闇のマル
別れ
吐き気で目が覚める。
目を開けると、カレンの白い喉仏が見えた。
そして…カレンの大きな体にしっかりと抱きしめられ脚の間に体を挟み込まれていて身動きが取れない。
こうなると、さすがの私も抜け出すことが難しい。
(寝返りをうつまで待とう。)
その間、私は吐き気と闘いながら、カレンの腕の力強さや柔らかさ、肌の滑らかさ、温もり、香り…全てを五感に焼きつける。
カレンの寝息さえも、愛しくて仕方がない。
私はたまに動く喉仏や、浮かぶ青い血管などをジッと見つめた。
そしてカレンの逞しい胸に頬を寄せ、その鼓動に耳を澄ませる。
目を瞑り、聞こえてくる規則正しくて優しいカレンの音を耳に焼きつけた。
その時、カレンが少し身動ぎする。
「マル…必ず帰って…」
ため息混じりに言いながら、寝返りをうった。
私は素早く、カレンの腕の中からするりと抜け出す。
そして、音を立てずにベッドから降りた。
服を身につけながら、カレンをふり返る。
最後に、カレンの姿を目に焼きつけておこうと思ってその顔を見ると、涙が頬を伝っていた。
「カ…」
思わず呼びかけそうになり、慌てて口を手で押さえる。
その瞬間、カレンに何度も貰った熱情の証が大腿をゆっくり伝い落ち、ハッと我に返った。
「お別れです、カレン。…お元気で…。」
声を出さずに口の動きだけで呟くと、もう一度しっかりとカレンの顔を見つめ、私はその場から消える。
天井裏についたとたん、激しい吐き気に襲われ、そのまま倒れ込んだ。
(媚薬の効果が…。)
私は父上から頂いたカプセルを口に含むと、再び床へうずくまる。
(父上達に見つかる前に、紗那のところへ帰らないと…。)
私は口をおさえながら、床に手をついて重い体を必死で起こした。
その瞬間、私の前に黒い影が2つ音もなく現れ、立ち塞がる。
「父上…理巧…。」
二人は同じ銀のマスクをつけたまま、こちらをジッと見つめた。
「気、済んだ?」
父上が私の手から布袋を取ると、カプセルをもうひとつ口に入れてくれる。
私はそれを噛みながら、小さく頷いた。
「すみません…。勝手なことをしました…。でも、これで…………頑張れます。」
言いながら溢れた涙を、理巧がハンカチで拭ってくれる。
その理巧の手に私は自分の手を重ねると、きゅっと握った。
「理巧…カレンは、フレーバーティーが好きなの。」
理巧は銀のマスクで口を隠したまま、感情の読めない黒水晶の瞳でジッと私を見つめる。
「色んなフレーバーティーを淹れてあげると、喜ぶから。あ、ワインも好きなんだけど…飲みすぎるから、ある程度で止めてあげて。それからカレンは寂しがりで甘えん坊だから」
言い募る私の言葉を遮るように、理巧が私に握られている手を握り直した。
「姉上と全く同じようにお世話できませんが、なるべくカレン様が不自由なく過ごせるよう、努めます。」
そして、その瞳を半月にする。
私は理巧の手を離すと、正座して頭を深く下げた。
「よろしく…お願いします。」
床に額をこすりつけるように下げると、理巧は何も言わず姿を消す。
顔をあげた瞬間、父上と目が合った。
「…麻流、理巧に任せておけば大丈夫。」
なだめるように、肩をぽんぽんと軽くたたかれ、私はカレンの寝室の方をふり返る。
「はい…。」
すると突然、左耳たぶを触られた。
「これ、カレンの仕業?」
父上の艶やかな低い声に、ハッとする。
慌てて左の耳たぶからピアスを外すと、やはり金のピアスだった。
父上が私の手元を覗き込みながら、呟く。
「…賢いなぁ、あいつ。」
くくっと喉の奥で父上は笑いながら、私を斜めに見つめた。
「理巧に返させることもできるけど、どうする?」
私は掌に乗った小さな…でもカレンの想いの溢れるピアスを見つめたまま、首をふる。
「カレンが返却を求めてくるまで…預かっておきます。」
そして、カレンに贈ったピアスが入っていた小箱に、その金のピアスを大事にしまった。
「カレン、誕生日おめでとう!」
兄上の声と共に、一斉にグラスが掲げられた。
その様子を、私は天井裏からひとりで見つめる。
予定通り、今夜は身内だけでカレンの誕生パーティーを開いていた。
「遂に二十歳かぁ!」
兄上が明るく言うと、母上が微笑む。
「王様から、贈り物が届いていたわね。」
「はい、新しい冠を頂きました。」
その言葉に、皆が一斉にカレンの額に注目した。
「あ!ほんとだ、新しくなってる。前のやつ、結構近くで見ると、傷入ってたもんなぁ。」
太陽叔父上が、まじまじとカレンの冠を見つめる。
「装飾の細工が、華やかになりましたねぇ♡」
紗那の言葉に、カレンが嬉しそうに頷いた。
「これ、実は僕がデザインしたんです。」
皆が一斉に感心して「へぇー!」と声を上げる。
その時、父上が理巧と視線を交わした。
理巧は小さく頷き、父上の言葉を代弁する。
「おとぎの国と花の都の紋章の融合ですね。」
その瞬間、水を打ったように静まり返った。
「そうなんです。よくわかりましたね!これから両国が僕とマルの結婚を機に」
皆、一斉に目を逸らし、銀河叔父上が咳払いする。
私は天井裏から、その装飾を目を凝らして見つめた。
それは確かに、両国の紋章を上手に合わせて作られたものだった。
「お、そろそろケーキだな!」
話題を無理矢理変えるように、楓月兄上が手を叩く。
「今回のケーキは、いつになく料理長が気合いを入れて作ってましたよ。」
馨瑠が兄上を補助するように微笑んだところで、華やかなケーキが運ばれてきて、皆が歓声をあげた。
「じゃ、蝋燭を吹き消したら、所信表明をどうぞ!」
楓月兄上の明るい声と同時に、部屋の明かりが消され、全員で、HAPPY BIRTHDAYを歌う。
歌が終わると同時に、カレンがひと息に蝋燭を吹き消した。
「おー!さすが!!」
「この間の太陽の誕生日の時は、おまえ、ひと息で消せなかったよな。」
「あ…兄上!それは言わないでっ!」
「叔父上は本数が多いから、仕方ないですよ。」
「理巧…それはそれで傷つく…。」
「ぎんがおじうえのたんじょうケーキは、ろうそくをはずしたらあなぼこだらけになってましたよね。」
「そうそう。蝋燭を挿すために、果物とかも全然なくて寂しかったです。」
「至恩…偉織…。」
「落ち込まない落ち込まない♡男は年を重ねた方が頼りがいがあって魅力的ですよん♡」
「それは、経済的にってことでしょう。」
「馨瑠爆弾、炸裂!」
ドッと笑いが起こる中、カレンが軽く咳払いをして姿勢を正す。
皆もそれに倣って、座り直した。
カレンは皆をぐるっと見回すと、笑顔で頭を下げる。
「本日はお忙しい中、私のためにありがとうございました。」
頭を上げたカレンが、なぜかこちらを見上げた。
「…。」
私がいる場所を正確にとらえたエメラルドグリーンが、やっぱり、と言うように半月になる。
その瞬間、私の鼓動が高鳴った。
そんなカレンを、父上と理巧が感情の読めない黒水晶の瞳でジッと見つめる。
作品名:⑥残念王子と闇のマル 作家名:しずか