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⑥残念王子と闇のマル

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忍を操る妹


腕にチクリとした痛みが走り、意識が覚醒する。

「あ、起こしちゃいましたぁ?」

明るい紗那の声に、私は目を開けた。

「脱水症状が起きてたのでぇ、点滴しますね~。」

私はまだぼーっとしたまま、手早く処置をする紗那の手元をジッと見る。

「お姉様にお願いがあるんですけどぉ…。」

処置が終わった紗那はカルテに何かを書き込みながら、私を横目で見た。

「もう一度ぉ、カレン様に抱かれてくれませんかぁ?」

思いがけない紗那の言葉に、私は目を見開く。

「カレン様に怪しまれずに、遺伝子検査の検体を採取したいんです。」

突然、紗那の口調が変わった。

「抱かれる前に、これを飲んでください。そしたら2時間くらいは、吐き気が来ないはずです。」

怪しげな錠剤を手渡され、私は戸惑う。

「これ、なに?」

すると紗那が、にっこりと笑った。

「馨瑠が開発した媚薬です。一回使ったくらいでは、依存性も危険性もないし、もちろん胎児にも影響ないのでご安心ください。」

私は錠剤に再び視線を移して、紗那を見ずに訊ねる。

「妊娠してて…していいの?」

紗那はペンを置くと、私の顔を下から覗き込んできた。

「なに言ってんですかぁ。今朝まで激しく抱かれてたくせにぃ♡」

「なんで知ってんのよ!!」

一気に赤面する私を、紗那が呆れた顔で身を起こす。

「…あの~…声、かなり響いてますよぉ?」

「!!」

顔が沸騰しそうなくらい、熱くなった。

そんな私を紗那は見て、大笑いする。

「嘘ですよぉ!カマかけただけですぅ♡」

(…こいつ…。)

私が鋭く睨むと、紗那は父上によく似た美貌で柔らかく私を見つめた。

「お姉様って、無知ですね。」

それは、バカにした口調でなく、ただ素直な感想を述べたようで、心にストンと落ちる。

「今回の避妊にしてもそうですが、性に関して無知すぎます。」

私はそっと目を逸らした。

「私たちきょうだいは、叔父様達から『お姉様は飛び抜けて優秀』と聞いて育ちました。特に理巧や至恩、偉織達はその優秀ぶりを聞かされる度に憧れを募らせていたんです。」

穏やかな紗那の言葉に、私は再び彼女を見る。

「確かに頭が良くて、身体能力も高くて、気が利いていて、対応能力が高いのは、見ていてわかります。」

その瞬間、紗那の表情が一気に憂いを帯びた。

「だからこそ、お父様は油断したんでしょうね。」

紗那は私の右手の指をそっと握る。

「『麻流は、一を教えて十を知る』…お父様の口癖でした。」

心なしか、そのサファイアの瞳が潤んでいるように見え、私は息をのんだ。

「お姉様が一人前の忍の儀式を受けたのは、13才でしょう?」

(!)

「…儀式のこと、知ってるの?」

小刻みにふるえる私の指先を、紗那が小さく頷きながらそっと撫でる。

「知ったのは、医師になってからですけど。…星一族の診察を任されていますから…儀式の最中に精神疾患を患う人もいますし、抵抗して心身に傷を負う人もいます…。」

紗那は、そのサファイアの瞳で私を労るように見つめてきた。

「お父様に訊いてみたら『全く何事もなく平然と終わったのは麻流だけだ』と嬉しそうに教えてくれました。」

(『平然と…』。)

「そんなわけないじゃない…。」

責めるような口調で、紗那が天井を仰ぐ。

「だから、細かい指導とか…怠ったんでしょ。お姉様の優秀さに油断して!」

すると、黒い影が音もなく降り立った。

「父上…。」

父上は紗那を一瞥すると、ベッド横のソファーに腰を降ろす。

「…今回の件は、父上に大いに責任があると、私は思っています。」

いつになく鋭い口調の紗那を父上はジッと見つめ、小さく息を吐き出した。

「ん。」

父上は、その艶を含んだ切れ長の瞳を私へ斜めに向ける。

「紗那に言われて、初めて気がついたわ。」

そして、頭を抱え込んだ。

「いや、ほんとに麻流が優秀すぎて…俺、甘えてた。…そういや、儀式の後もそういう指導は特にしないまま、すぐに任務に出したんだよな…。」

紗那はそんな父上のうずくまるように丸まった背中に、そっと手を添える。

「理巧は?」

紗那の言葉に、父上が頭を上げた。

「理巧も、もしかして知らないんじゃないですか?」

父上が考えをめぐらせるように、視線を泳がす。

「知ってたら、お姉様に忠告したでしょう。」

父上はハッとした様子で紗那と一瞬視線を交わすと、その場から消えた。

「ふふ。」

突然、紗那が小さく笑う。

驚く私を、紗那が悪戯な微笑みを浮かべてふり返った。

「今のうちですよ。」

「…え?」

紗那は天井をチラッと見た後、私に視線を移し微笑む。

「今なら、理巧もカレン様のそばを離れてますよ。」

「あ…。」

ようやく、紗那の意図に気づく。

そんな私の腕から、紗那は手早く点滴を抜くと、背中を押してくれた。

「検体、よろしくお願いしますね。…なるべく優しく抱いてもらってくださいね♡」

最後の余計な一言に一気に赤面しながら私は頷くと、急いで自分の私室へ向かう。

走りながら、紗那からもらった錠剤を口に含んだ。

(今頃、父上は理巧を呼び出して指導しているんだろうか…。)

時間稼ぎをしてくれた紗那に感謝しながら、私は一目散にカレンの元へ走った。
作品名:⑥残念王子と闇のマル 作家名:しずか