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⑥残念王子と闇のマル

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空は、そのエメラルドグリーンを忍特有の感情の読めない瞳で見つめ返した。

「ん。」

短く答える空に、カレンは更に言葉を重ねる。

「帰国の際に、リンを引き取りに参ります。その際に、星も主へ直接、必ず、お返し致しますので、そのようにお伝えください。」

挑むような視線と口調でそう告げたカレンに、空はその切れ長の黒水晶の瞳を細めた。

「それには、及ばない。」

威圧的な鋭い声色で、空はカレンを冷ややかに見下ろす。

「星は、星一族の馬だ。今まで使っていた忍は、今後別の動物を使役する。返却は私か女王にしてくれたら、それでいい。」

カレンは唇を歪め、噛みしめた。

けれど小さく息を吐くと、頭を深く下げる。

「かしこまりました。」

その様子に、女王は胸が潰れるように苦しくなり、涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。

愛する人と離れる辛さは、空と出会った時から何度も経験してきて、わかっているつもりだ。

だから今、目の前にいるカレンと、この場に来ることすらできない我が娘のことを想うと、憐れでならなかった。

(もっと早く、忍の任務について知ろうとしていれば…。)

空の世界に踏み込まないよう遠慮していたことを、今更ながら後悔する。

自分が知っていれば、麻流をあんな目に遭わさず、カレンにもしなくていい苦労をさせなくて済んだ。

誰が悪いわけでなく、ただそれぞれがボタンを掛け違い、運命が噛み合わなくなってしまったのだ。

こんな不幸を、なぜこの子達に味わわせないといけないのか…思えば思うほど悔やまれ、悲しくなった。

そんな聖華の気持ちを読んだのか、空は広がったドレスの裾の陰でそっとその手を握る。

すると、聖華も小刻みに震える手で、ギュッと握り返してきた。

「しかし」

カレンは頭を下げたまま、低く唸るように声を出す。

「私の帰国の際に、双方共に状況が変わっているかもしれません。その時は…」

そこまで言うと、カレンは顔を上げて女王を見つめた。

「ぜひ、星の元主の忍に、お礼を申し上げさせて頂けたら嬉しいです。」

どこまでも透明なエメラルドグリーンの瞳に、ついに聖華の澄んだ碧眼から一粒涙がこぼれ落ちた。

空はそんな聖華を支えながら、頷く。

「ん。」

カレンはまさか了承が貰えるとは思っていなかったようで、その瞳を大きく見開いて空を見上げた。

エメラルドグリーンにとらえられた黒水晶が、三日月になった瞬間、そのエメラルドグリーンから想いが溢れる。

その時、理巧が従者の姿で現れ、カレンの斜め後ろで跪いた。

「女王様とご夫君も、お健やかにお過ごしください。大変、お世話になりました。」

カレンを助けるように、理巧はそう挨拶する。

聖華は、必死で涙を堪えながら、大きく頷いた。

「カレン王子も、お気をつけて。また帰国の際に立ち寄ってくれることを、楽しみにしていますよ。」

震える声でそう告げると、空がカレンの前に屈む。

「カレン、理巧、がんばりなよ。何かあっても、必ず助けるからな。」

三日月の黒水晶をカレンは見上げ、丸い大きな黒水晶を思い出す。

「はい。僕も、どんなに離れても、必ず守ります。」

空と微笑みを交わしたカレンは、理巧をふり返り、頷いた。

「じゃ、行こうか。」

理巧もそれに答えて、大きく頷く。

そして二人でそれぞれの馬に跨がると、踵を返した。

華やかな花吹雪と演奏に見送られ、カレンはふり返ることなく出発する。


麻流は遠くで鳴るラッパの音で、今まさにカレンが出発したことを知った。

そのまま先回りして、城下の一番賑やかな沿道脇の街路樹に身を潜める。

人混みの中の方が、気配を消しやすいからだ。

けれど、あまり長くは待てない。

(時間がかかると、父上に見つかっちゃう。)

じりじりと焦れながら待っていると、城門をくぐる二人の姿が見えた。

陽の光を金色に輝かせる長身の人物と、少し小柄な銀髪に銀のマスクで口許を覆っている人物。

一斉にどよめきや歓声が起きている様子から、あれがカレンと理巧に違いない。

「カレン王子の横にいる、あの騎士は誰!?」

「銀のマスクで口許を覆っているけれど、空様によく似てる…。」

「空様みたいな美しい人が、この世に何人もいるもんかね。」

「でも、空様が明るい銀髪になったみたいな感じだよ?」

「いやでも今まで見たことないから、たまたま似てるんだよ。」

「それにカレン王子と一緒だし。」

「きっと、おとぎの国の騎士だよ。」

「おとぎの国は、王子様だけでなく騎士さんまでキレイなら、国の男みんなキレイなんじゃないかね。」

「いや~それなら移住したい!」

色んな声が聞こえてきて、麻流はクスッと笑った。

理巧は王子でありながら、麻流と同じで公表されていないので、国民が誰も知らない。

様々な憶測に、麻流も慣れていた。

そんな声を知ってか知らずか、沿道の皆に手をふりながら、どんどんこちらに二人が近づいてくる。

麻流は、お腹に手を添えながら、二人が前を通りすぎるのを待った。

(あれ?リンちゃんじゃない…。)

近づいてきたところで、ようやくカレンの馬が星であることに気がつく。

麻流は、思わず息をのんだ。

その瞬間、理巧がこちらを見上げる。

父親譲りの切れ長の涼しげな黒水晶の瞳で、ハッキリと麻流をとらえた。

「…。」

姉の意思を確かめるように、理巧はジッと見上げる。

そんな理巧に、麻流は唇に指を当て、首を左右にふった。

理巧は小さく頷くと、カレンに麻流の存在を気づかれないように歩を進める。

見慣れた愛しい金髪がゆっくりと通り過ぎていくのを、麻流はただ静かに見守った。

何度も視線を交わし見惚れたエメラルドグリーンの瞳は今、違う人々に向けられていて、もう二度と自身の黒水晶の瞳と交わることはない。

互いの歯車が噛み合わなくなってしまったことに改めて気づいていくと…せっかく抜け出してきたのに、心の中でさえ見送りの言葉がかけられない。

カレンの護衛に就くようになって4年。

カレンが行くところは全てついていっていたので、このように見送ったことが…麻流にはない。

どんどん遠ざかる後ろ姿を樹上から見送りながら、麻流は心が死んでいくのを感じた。

これで、もうカレンに会えない。

カレン達を見送った沿道の人々が解散していくように、麻流の心もバラバラになっていった。

そして、まるで空中分解したかのように体から力が抜けた瞬間、樹上から草むらに落下する。

受け身も取らずに落下した麻流は、草むらだったとはいえ強かに体を打ち付け、呻き声を上げた。

「麻流!大丈夫か!?麻流!!」

艶やかな低音が耳をくすぐり、背筋に甘い痺れをもたらす。

空は、麻流が城を抜け出したことに気づいていたのだ。

カレンを見送った後すぐに後を追いかけ、樹上の麻流を遠くから見守っていた。

人形のようにうつろな表情の麻流を確認すると、空は麻流を横抱きにし、風のように走って城へ戻った。
作品名:⑥残念王子と闇のマル 作家名:しずか