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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Slow burning powder

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 おれは愛想笑いを返した。本当にそうだろうか。単純に、煙草が欲しいと思わないだけだ。手術室から出てきた田邊が、おれ達の会話を聞いていたように、言った。
「よう物忘れしよる、昔っからや」
「そうなんですか」
 古野が笑いながら相槌を打った。田邊はうなずいた。
「よう、怪我人連れてきよるからな。でも、いつも忘れてひとりで帰ろうとしよる」
 古野は笑った。
「この仕事に向いていてね、薄情なんですよ。昔からそうでした。こいつの前では、怪我はできない」
「そうかいな。そら、なんでや?」
 田邊が言った。おれは代わりに答えた。
「怪我が重かったら、その時点で切り捨てますから」
 田邊と古野は、決まりごとでもあるように同じような表情で笑った。古野は言った。
「お前は優秀だよ。そういうやつが長生きするんだ」
 おれが黙っていると、古野の携帯電話がポケットの中で鳴った。せわしなく外へ出て行ってぽっかり空いた向かいの席に、田邊は腰を下ろした。おれは言った。
「抜いた弾、見せてもらえませんか」
「もう捨てた」
「どんな形でした? 潰れて、キノコみたいな形に広がってましたか?」
「わしは専門家やないからな。弾のことはよう知らん」
 田邊は、ストーブの熱気越しにおれの目をじっと見た。
「握手をして、あの子が気を許したときに言うたんやな。こうやって人を殺せって」
「今、聞いたんですか?」
 おれが言うと、田邊はうなずいた。姫浦がその日のことを覚えているとは、驚きだった。人の記憶は、かならず頭の中で捻じ曲がり、形を変える。
「あの子は、お前が間違うとるって、証明したいんやろな」
 田邊はそう言って、古野がさっきまでやっていたみたいに、背もたれに体を預けた。おれはストーブの熱気を手で払った。姫浦があちこち怪我だらけなのは、おれのせいだって言いたいのか? 
「この仕事には、正解と不正解しかありません。不正解を選べば、死ぬだけです」
「わしが病院に勤めとったとき、師匠って呼んでもええぐらいの大医者がおった。有名な整形外科医やったけどな。患者を冗談のネタにしとった。弟子のわしも同じようにしとったけど、ある日急に、それがでけへんようになった。それ以来うまくいかんようになって、辞めたんや」
「何がきっかけなんでしょうね」
「わしにも分からん。先生のひと言が、生徒の一生を左右するってことやろな」
「姫浦は、物覚えが早かったです」
 おれは言った。自分でも、ほとんど弁解のように聞こえる。おれが彼女に与えた影響はほんの少しで、そのほとんどは銃の構え方や、人を刺す位置のような技術的なことだと、思っていた。田邊は言った。
「人間は、自分がでけへんことに憧れる。同じ事をしようとして、あかんかったときに性格が出る。わしは辞めた。でも、あの子は怪我をしてでも続ける道を選んだ。そういうことやろ」
 おれは古野が外に出たまま帰ってこないのを確認して、言った。
「おれに仕事を教えたのは、古野です」
「お前さんは、何を教わった」
 おれは笑顔を作った。
「なんにも」
 田邊は呆れたような表情で立ち上がると、手術室へ戻っていった。古野が帰ってきて、言った。
「ゴーサインが出た。現場に戻るぞ」
「承知しました」
 おれが言うと、田邊が手術室から顔を出して、おれと古野を手招きした。中へ入ると、少し顔色を取り戻した姫浦が、古野に言った。
「すみませんでした」
 古野は呆気に取られた様子だったが、すぐに笑顔を見せた。
「そのために呼んだのか? いいよ、寝とけ」
 姫浦は千枚通しのように鋭い目を宙に向けると、言った。
「何人いたのか、分かりませんでした。ふたりだけとは考えづらいです」
「まだ犯人探ししてんのか。三人だろうな。おれと神崎の傷は同じ形だから、そいつにやられたってことになる。情けないこったが」
 古野は言った。姫浦はおれの方をちらりと見て、少し笑った。
「追うなら、その最後のひとりを追うべきですね」
 姫浦が言うと、古野は首を横に振った。
「いや、お開きだよ。稲場と顧客の間で話がついたからな。結果オーライで、顧客にホトケを持っていったら完了だ」
 姫浦は落ち着きを取り戻したように、枕に頭を深く預けた。田邊がおれに紙切れを差し出した。
「物忘れさん、これを持っとけ」
 おれは紙切れを受け取った。筆ペンで書かれた文字。
『包帯巻き直し、散髪、七五三』
 古野が紙切れを覗き込んで、言った。
「そういや、十一月か。確かにお前、髪伸びてんな」
 姫浦は首を伸ばして、紙切れの内容に目を通した。古野はレガシィの鍵を取り出すと、キーリングを指に引っ掛けてくるくると回した。
「神崎、もうひと仕事やれるか」
「はい、大丈夫です」
 古野は返事に安心したように手術室から出て行った。姫浦は、口をぽかんと開けたまま、言った。
「家族がいるんですか?」
 おれが黙っていると、姫浦は頭を起こしているだけの力をなくしたように、ベッドに体を預けた。
「あなたみたいな人に……、なんで」
「失礼だな」
 おれは笑うと、紙切れをポケットにしまいこんだ。姫浦は宙を見たままだったが、一瞬、涙が伝ったように見えた。彼女は、なんでもおれから知りたがった。だから、おれは言った。
「帰る場所を見つけろ。今までに聞いた言葉とかじゃなくて、もっと確実なところを」
 おれは手術室から出た。古野と一緒に廊下を歩く。
「重かったですよ、古野さん。運ぶのは大変でした」
「メタボだからな」
 古野は笑いながら言った。おれの方を向いて、背中をぽんと叩いた。
「ほんと、今回はすまなかったな。ゴタゴタしちまった」
「いえ、不安はなかったですよ。信じてますんで」
 外は、さっきふたりを運び込んだときとは打って変わって、冷え込んでいた。一旦リセットされた空気。レガシィの鍵を受け取ったおれは、エンジンをかけた。トランクを開けて、後ろへ回る。ガムテープや拳銃が入った袋を脇にどけていると、古野が横に立った。
「お前は、ほんとに気がつくな」
 ホトケを入れるには、先に場所を空けておかないといけない。そういう段取りに、古野は厳しかった。
「古野さんに教わったんですよ。射殺体ですから、養生しないと」
 おれが言うと、古野はうなずいた。袋の中からビニール袋を出して、おれに端を差し出した。トランクにビニールを敷いて、端をガムテープで留めた。よほど激しく車を振り回さない限り、血が外へ漏れ出すことはないだろう。古野が言った。
「それにしても、お前にガキがいたとはな」
 おれは笑った。
「いませんよ」
 そして、二二口径で古野の頭を撃った。くしゃみみたいな銃声が鳴っただけで、また静かになった。袋の中に入った、スミスアンドウェッソン五八六には、一発撃った跡があった。田邊からの、おれへの手土産。逆に書かれた弾の口径。三五七マグナム。姫浦を撃ったのは、お前だ。そして、山尾が金の場所を教えたであろう相手も。おれは想像した。このまま現場に出て、その先に、あの三台目の車が待ち構えている様子を。それは、未来予知のように正確に頭に呼び起こされた。おそらく、おれも殺されていただろう。相変わらず、おれは相当な幸運の持ち主らしい。
作品名:Slow burning powder 作家名:オオサカタロウ