小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Slow burning powder

INDEX|3ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 かすかな記憶。倉庫の前にあるダートの車回し。タイヤの跡がもうひと組あった。それはおれ達が乗っていたレガシィとも、追手のランドクルーザーとも違った。
「秘訣はね」
 おれは勝手に話し続けていた。田邊は聞いているのかどうか分からなかったが、器具を洗う手の動きが少し緩やかになった。
「おれが怪我をせずに今までにやってこれたのは、理由があるんですよ。殺す前に、まず友達になったんです」
 実際、その通りだった。相手が気を許した瞬間、後頭部を撃った。笑顔で握手をして、肩を並べて飲んだ後。友達になれたとお互いが思った瞬間が、相手を殺す唯一のチャンスだった。田邊は消毒用アルコールの隣にカモフラージュのように並んだタリスカーのボトルを手に取ると、栓を抜いてビーカーに注いだ。
「飲むか?」
「いえ、結構です。酒も煙草もやらないんで」
 おれが言うと、田邊はビーカーからウィスキーを飲みながら、興味深そうに振り向いた。さっき吸っていたショートホープのことが気になったのだろうか。
「古野さんはヘビースモーカーなんでね。いつだって渡せるように、煙草を持ってるだけです」
「お前さんは、余所では吸わんのかね」
「ええ。姫浦が見たらびっくりすると思いますね」
 おれは姫浦に顔を向けた。茶髪の赤ジャージだったころ。ひとり目で大きな傷を左腕に作った彼女は、どうやって相手の隙を見つけるかということを知りたがった。先手を打つには、相手を油断させる必要がある。独り立ちするまでに、どうしてもそのやり方を知っておきたい様子だった。
 訓練の最終日は、ちょうど金曜日だった。サラリーマンの習慣がまだ抜けていなかったおれは、二十歳になったばかりの姫浦を飲みに誘った。姫浦は、赤いジャージではなく、どこで手に入れたのか分からない暗い色のスーツを着て現れた。数軒回ったあと、帰りにタクシー乗り場で交わした会話。今でもそれははっきり覚えている。
『まだ、自信がありません』
 今の出で立ちからは、想像もできないような言葉だった。おれは手を差し出した。
『明日からは、一人前だ』
 姫浦は一瞬笑顔になって、おれと握手をした。おれはその手を離さなかった。そして、言った。
『これが人間の隙だ』
 一気に酔いが飛んだように、姫浦の顔から血の気が引いた。悔しそうな表情を見たのは、あの日が最初で最後だった。そして今、彼女は田邊医院の常連客。
「その、友達になってからいうやつ、その子にも教えたんか?」
 出し抜けに田邊が言った。おれはうなずいた。
「ええ。伝わったかは分かりませんが」
 おれが言うと、姫浦が目を大きく開いて、せわしなく瞬きをした。意識が戻った。おれが思わず起き上がると、仰向けになったままの姫浦はおれに言った。
「すみません」
 赤ジャージ時代とは似ても似つかない、凍りついた目つき。田邊がライトで瞳孔を照らし、酒臭い息を吐いた。
「まだ薬が効いとるな。まあ、しばらく休んどき」
「また、動けますか」
 姫浦が言うと、田邊はうなずいた。おれの頭の包帯に気づいた姫浦は言った。
「撃たれてからの記憶がありません」
「そりゃあ、気絶してたからだろ」
「あのランドクルーザーは……」
「わしゃ、耳塞ぐぞ」
 田邊は椅子に腰掛けると、くるりと背中を向けた。ビーカーには、新しいウィスキー。おれはうなずいた。
「お前が覚えてることを教えてくれ。古野さんの話と、おれの話。まずそれを合わせないとな」
「神崎さんが外に出た後、中にひとり入ってきました。身長は百七十前後、散弾銃を持った男です」
 おれが黙っていると、姫浦は続けた。
「わたしは二階にいました。その男は、山尾の目隠しを取って、すぐに殺しました」
 なるほど。おれは姫浦の目の動きを追った。それが、一発目の銃声。
「で、お前はその後どうした?」
「二階から降りて、その男を殺しました」
「殴り殺したのか?」
「いいえ。散弾銃を奪って、撃ちました」
 二発目の銃声。それは姫浦が撃った。おれが黙っていると、姫浦は言った。
「山尾は、散弾銃の男と面識があります」
「どうして、そう思う?」
「男に言ったんです。ちゃんと約束どおり教えたと」
 山尾は金持ちだ。教えたというのは、自身が持つ金のことだろう。三台目のタイヤの跡。
「車のエンジン音は何台分聞いた?」
「一台分、ディーゼルです」
 姫浦は即答した。つまり、三台目のタイヤの跡は、姫浦が気を失ってからやってきた車のものだ。そっちを深追いすべきじゃないのは、分かっている。しかし、生き残った人間はその車で逃げたに違いない。
「いつ撃たれた?」
「散弾銃を奪って、男を殺した直後です」
 姫浦は腰をかばうように身をよじり、顔をしかめた。おれは言った。
「おれはひとり殺した。ナイフを持ってた」
「どうやって殺したんですか?」
 姫浦の言葉には、純粋な疑問が含まれていた。おれは頭を殴られた以外、どこも怪我をしていない。おれは人差し指を口に当てて、内緒だと前置きした上で言った。
「二二口径だ」
「ルール違反です」
 姫浦は真面目な顔のまま、言った。使っていいと言われない限り、銃を持ち歩いてはならない。しかし、仕事を最優先にするなら、自分のルールはこっそり作っておいたほうがいい。おれが黙っていると、姫浦は田邊の方を向いて、言った。
「ルールを守るべきだと、思いませんか?」
 突然話を振られた田邊は、ぎょっとした様子で振り向いた。
「なんや、何の話をしとるんや」
「ルールがあるなら、それを守った上で仕事をこなすべきだと思いませんか」
 田邊はしばらく考えこんでいたが、器用に椅子ごとおれ達の近くまで移動してくると、言った。
「ルールいうてもな、それを決めた人間のことをよう考えなあかんぞ。なんで決めごとを作りよったんか。それはな、自分の身を守るためや。わが身可愛さに、あれこれ理屈をつけとるだけなんや」
「例外もあるということですか」
「ルールを決めた人間のことを、よう考えなあかん。そいつについていくんか、そうやないんかで、変わってくるやろ」
 ノックの音で田邊がくるりと扉の方へ体を向け、大儀そうに立ち上がると、引き戸をガラガラと開いた。携帯電話を持った古野が顔を覗かせて、おれに目配せをした。姫浦に気づいて、少し笑顔を見せた。
「起きたのか。よかったな」
 おれは手術室から出て、ストーブの前に戻った。古野は携帯電話を命綱のように持っていたが、ポケットにしまいこんだ。
「稲場と話した」
「これから、どうしますか?」
 おれが言うと、古野は答えが携帯電話の中にあるように、視線をポケットへ一瞬落とした。
「稲場曰く、顧客は自分たちの手で殺すつもりだったと。結果オーライだが、ホトケを見せなきゃならない」
「現場に戻るんですか」
「そうだ。動けるようになったら、俺たちで行こう」
 おれはうなずいた。古野はショートホープの箱を差し出した。おれが首を傾げると、笑った。
「お前のだろ。一本だけもらった。ありがとな」
「そうでしたね」
 おれは箱を受け取った。古野は怪訝そうな顔で言った。
「お前、頭殴られてちょっと記憶力が悪くなったな」
作品名:Slow burning powder 作家名:オオサカタロウ