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辻褄合わせの世界

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 帳尻合わせと、辻褄合わせ、表現は違うが似たようなものである。どちらもニュアンス的には、
「終わりよければすべてよし」
 というような、プロセスは別にして、結果さえよければ、問題なしにしてしまおうという考えである。
 しかし、逆に言えば、結果から、帰納的に遡り、原因を見つけ出すことが大切な間合いもある。
 今の美奈は、どちらかというと見えない結果を求めるために、プロセスを大切にしているという考えが強い。この考えが、一般的な考えではないかと思われる。
 だが、その理屈だけですべてが理解できるほど、世の中というのはうまくできているわけではない。時には、結果があって、そこから遡ってみることで、自分がどれほど無意識のうちに、うまく立ち回っていたのかということに気付かされることもある。それこそが帳尻合わせであり、辻褄合わせでもある。
「帳尻合わせと、辻褄合わせって、本当に同じものなのかしら?」
 美奈が考えるのは、どちらかが大きく、小さい方は、大きな方にすっぽりと包まれるのではないかという考え方であった。
 美奈は大きな方を、辻褄合わせだと思っている。帳尻を合わせるという言葉のニュアンスは、時間的なものの最後を合わせるという言い合いで使われることが多い。ほとんど時間的なもので、それ以外はなさそうにも思う。しかし、辻褄を合わせるというのは、意味合いとしては理屈を合わせることに繋がる。理屈を合わせるのには、時間的な帳尻も含めて、考えられる。そうなると、やはり帳尻合わせは辻褄合わせの中に含まれると考えるのが、自然ではないだろうか。
「お兄さんは、今どこにいるんです?」
 美奈は、ふと不安感に駆られた。それでも、しっかりとした声で聞いた。それでも指先の震えは止まっていない。次第に痺れに変わってくるようだった。
「君のお兄さんは、もうこの世にはいないんだ」
「えっ」
 今度の声は、蚊の鳴くような小さな声だった。
「どうして……」
 と、呟きながら考えていたが、何となく分かっていたことだった。兄がすでにこの世にいないと言われても、ショックを受けることはないと思っていたのに、ショックを受けてしまった自分に対して、
「どうして……」
 と、呟いたのだ。
 兄がこの世にいないということは、何となくではあるが分かっていた。それを意識し始めたのは、美奈が事故に遭う前後だったように思う。そして、確信めいたことを感じたのは、美奈が入院している病院に、兄と名乗る人物が現れた時だ。
 美奈は、その人を見た時、不思議と安心感があった。兄ではないと分かっているのに、兄だと言ってやってきた人物に気持ち悪さを感じなければいけないはずなのに、安心感を与えられたこと、そこに兄の力が働いているような気がしたからだ。
 しかもその力は、生きている人間では叶えることのできないもの、したがって、兄が今までの兄ではなく、超常な力を発揮できる場所に旅立ったことを意味していた。すなわちそれが死の世界に通じるものだという予感が的中した。
 美奈は、ずっと以前から、兄がいなくなったのは、自分のせいだという気持ちを強く持っていた。最初は、兄を拒否したことが死につながるのだと思っていたが、どうもそうではない。
 理由まではハッキリとしなかったが、自分が与えてしまったショックのせいで死に至るのであれば、美奈が兄の死を予見することはできないはずだ。兄の死が自分以外のところで存在しているからこそ、予見できたのだ。
 しかし、まったく自分に関係がないというわけではないのかも知れない。兄が嘉村の妹に美奈を見てしまい、溺れてしまったような気がしていた。
 彼女がどのような女性なのか分からない。
 もし美奈よりも性格が悪ければ、少々であるなら、兄も目が覚めることもあるだろうが、結構な性悪女であれば、比較した相手が美奈だっただけに、ショックはかなりなものだろう。
 逆に彼女が、天使のような女の子だったとすれば、最初こそ幸運をつかんだ気持ちになって有頂天な日々が続いたかも知れない。しかし、兄が見ているのがあくまでも美奈であれば、ある時突然我に返ってしまい、自分が彼女と美奈を比較して見ていたことに、自己嫌悪を感じ、自己否定に入るかも知れない。
 どちらにしても、相手は美奈ではないのだ。そのことにいずれは気付くことになる。その時どのような精神状態であるかによって、死を選ぶことは十分に考えられる。
 美奈は、兄の精神状態を、頭で分かるというよりも、感覚で感じようと思った。
 頭で考えようとすると、とても考えが及ぶはずはない。自分で作った結界を超えることはできないからだ。
 感覚で感じようとすると、頭で理解する方がより深いところまで入りこめるはずなのに、それができないことに気付いたまま感覚を研ぎ澄ましても、頭で考えるほど、堂々巡りを繰り返し、結界にぶつかることはない。
 他の人であれば、ここまで辿り着いても、感覚に力がないため、予見することはできないが、美奈は予見できたのだ。
「記憶喪失になるには、きっかけがあり、何かショックなことを忘れようとしたり、見なかったことにしようという意志が働いて、記憶を失うことが多い」
 と聞いたことがあるが、美奈の場合のような記憶の欠落は、記憶喪失と同じようにきっかけはあるのだろうが、何かショックなことを忘れるというよりも、これから起こることを予見してしまったことに対し、同じように自分の中で意志が働く。ただ、それは何かの辻褄合わせであることを重々承知で、忘れようとするよりも、むしろ忘れたくないという意志が強く働いた時に起こるものではないだろうか。

 美奈は、自分が交通事故に遭った時のことを思い出した。
「私は、忘れたくない」
 と、強く何かに対し。心の中で叫び続けていた。それがこれから起こる何かだということを予見したまま、交通事故に遭った。
 後ろから誰かに押されたような気がしていたが、後ろを振り返ることはできなかった。咄嗟のことではあったが、振り向けないわけではない。それなのに、振り向けなかったのは、それがもう一人の自分だったからなのかも知れない。
 その時の目撃者は、皆が皆、
「彼女は、フラフラと道に飛び出した」
 と口を揃えていうに違いない。
 もし、それが違っているのであれば、その世界は、元々いた美奈の世界ではなく、背中を押した人の世界となるのかも知れない。
 美奈は、かすり傷で済んでいたが、本当は生死を彷徨うほどの大事故だったはずだ。それを誰も不思議に思わないというのは、本当にあの時の病院は、今のこの世界だったのだろうか?
 美奈が交通事故に遭ったその瞬間。兄はこの世を去っていた。予見だったはずなのに、時間がピッタリだというのは、同じ世界の出来事ではないという証拠なのかも知れない。
 美奈は嘉村を目の前にしながら、自分のことを思い出していた。欠落した記憶が戻ってくるにつれて、美奈は今いる世界に違和感を感じた。
「私はここにいていいのかしら?」
 思わず口にしてみたその先に、逆光に立っている一人の男性を見つけた。両手を広げて待っているその人が、兄であることはハッキリと分かった。
 今の美奈は、何も考えず、兄に向かって歩いていける。
作品名:辻褄合わせの世界 作家名:森本晃次