⑤残念王子と闇のマル
くってかかる叔父上から、父上は視線を母上へ移した。
無言で交わされた視線だけれど、二人の間では充分意思の疎通ができたようだ。
「紗那、馨瑠。カレン王子が不信に思わないように、足留めを手伝ってきて。」
これから、忍でもなく国家機密に関われる立場でもない二人には聞かせられない話があるのだろう。
二人もそれを察したようで、立ち上がる。
そして頭を下げると、扉のほうへ歩いて行った。
その時、紗那がこちらをふり返る。
「お姉様ぁ、カレン様に抱かれて1ヶ月ですねぇ。」
(!!)
皆がいっせいに私を見た。
一気に頬が熱くなる私に、紗那がニヤリと笑う。
「hCGの値ではぁ、時期的にどちらが父親かわかりませんよぉ。」
思わぬ爆弾を投下して、紗那は出ていった。
扉が閉まる音を確認した後、父上は軽く咳払いをして私を見る。
「…ついに?」
私は恥ずかしすぎて、俯きながら小さく頷いた。
父上は大きく息を吐くと、再び太陽叔父上に向き直る。
「ま…それはいったんおいておくとして…知っての通り『忍』は『体』も武器で、仕事道具だ。」
父上の言葉に、太陽叔父上がハッとする。
叔父上達は、父上が男娼だったことを知っているのだろうか?
(この反応…たぶん知ってるんだ…。)
太陽叔父上は父上に掴まれている腕をふりほどくと、理巧を乱暴に離す。
「俺に無断で依頼を受けたことに関しては、既に処罰を下している。」
言いながら父上は理巧の胸元を掴むと、忍服の袷を一気に開いた。
鍛え上げられた筋肉質な左胸には、まだ新しい焼き印の痕が痛々しい色をしている。
(一族の規律を守らなかったり頭領の命に背いたりした忍へ、星一族としての自覚を持たせる為に押される家紋の焼き印…。)
「けれど、麻流にも落ち度がある。」
父上はその冷ややかな視線を、斜めに流して私を射抜く。
「次期頭領といわれてた上忍中の上忍にも関わらず、理巧ごときに簡単に拉致され、体を使っても脱出できないなんざ…俺に始末されてもおかしくない失策だ。」
厳しい言葉に、私は唇を噛みしめ俯いた。
「理巧だって、麻流がまさかその程度とは思ってなかったから、請けたんだろ?」
父上の言葉に、理巧は小さく首をふる。
「私の、浅ましい考えのせいです。」
驚いて顔をあげた私に、理巧はゆっくりと視線を向けた。
「姉上の実力を見たかった。」
そうか。
理巧と一度も任務をしたことがないし、カレンの専属となってからはもう任務に出ることもなかったから、理巧はチャンスと思ったんだろう。
「あの時、姉上がどうやって脱出するのか最後まで見たくて…助けませんでした。」
理巧は珍しく瞳に後悔の色を滲ませ、まっすぐに私を見つめた。
「あの時、カレン様に姉上を救出する依頼をされなければ、ずっと姉上を助けず傍観していたと思います。」
確かに理巧はあの時、試すようにジッとこちらを眺めていた…。
敵か味方かもわからない様子だった理巧の姿を思い出し、その理由がようやく腑におちる。
「…そいつは、何者なんだ?」
銀河叔父上が太陽叔父上の肩をたたいて一緒に腰を降ろしながら、理巧を見た。
「4年前に滅ぼされた緑の都第一王子、キースです。姉上が虹の都の依頼を請けて諜報や謀略、調略をした結果滅亡へ繋がった、と恨まれていました。」
淡々とした口調だけれど、その瞳はいつになく熱を帯び、輝いているように見える。
「…おまえ、当時その麻流の仕事ぶりに憧れてたもんな…。」
父上がテーブルに肘をつきながら、ポツリと溢した。
「だから、そいつの依頼を受けたっていうのか?」
理解できないといった様子で、太陽叔父上が理巧を睨み付ける。
「…っていうかさ、おまえ、ヤられた後なんで薬飲まなかった?」
父上の言う『薬』とは『緊急避妊薬』のことだ。
「持ってたはずだろ?」
父上に真っ直ぐ見つめられ、一瞬言葉に詰まる。
「…すみません…甘く考えていました…。」
そう言った瞬間、怒りがその黒水晶に宿った。
「は?」
今の父上は、『頭領』だ。
私たち星一族は、頭領がいかに恐ろしい存在か…一人前の忍になるまでに骨の髄まで恐怖を植え付けられていた。
体が覚えているその恐ろしさに、手が小刻みに震え始める。
「それ、飲んでたら、どっちの子か迷わなくて済んだじゃねーか。」
頭領に叱責され、私がギュッと目を瞑ったその時。
「カレン様が湖ですぐに洗い流されたので、姉上も油断されたんだと思います。」
理巧が、間に入ってくれた。
「おまえに訊いてねーよ。」
けれど、そんな理巧も頭領に睨まれて体を奮わせる。
「…まあ、起きてしまったことを今さらとやかく言っても、何も変わらないわ。」
母上が助け船を出して、凍りついていた空気を少し和らげてくれる。
「それよりも」
言いながら、母上は頭領へ視線を移した。
「空、今でも忍は体を使っている、と私は聞いていないわ。」
母上はあくまで女王らしく怒りの感情を出さないようにしているけれど、頭領には充分その怒りは伝わったようだ。
「あなたが頭領になってからは、男娼や娼婦の仕事はなくしたと聞いていたけれど?」
母上の怒りのこもった碧眼を真っ直ぐに見つめ返していた頭領は、ふっとため息を吐いて首を傾げる。
「男娼も、娼婦も請けてないよ?」
『頭領』とも、『父上』とも違う、母上の『夫君』としての声色…。
母上にだけ向けられるその甘く柔らかな姿は、見る私たちの心まで愛しさで満たしていく。
「だけど、忍は…闇の仕事だから。」
憂いを含んだ黒水晶で碧眼をみつめながら、そっと母上の銀髪に手を伸ばした。
「任務を遂行する中で、犯されたり、体を開くことで状況が好転したりすることがあるんだ。」
銀髪を愛しげに撫でてくる手を、母上は自分の手で包み込む。
「そんなこと、言わなかったじゃない。」
その手に頬を寄せながら、母上は黒水晶を真っ直ぐに見つめた。
「それを知っていたら、子どもたちを…忍にしなかった。」
トーンは変わらないけれど微かに震えたその声に、黒水晶の瞳が細められる。
「…ごめん…。」
低い声で呟いた後、黒水晶はそっと伏せられた。
「母上。」
理巧が、頭領…父上と同じ黒水晶を母上に向ける。
「私は、そういうことも、そういう目にも未だ遭っていないのでご安心ください。」
私と父上は、驚いて理巧を見た。
「だから、父上を責めないでください。」
理巧の健気な訴えに、父上の瞳が潤む。
「色術を使って、いつもうまく回避できているので、父上から頂いたこの力が本当にありがたいです。」
理巧の言葉に、父上が珍しく動揺した。
それは、そうだろう。
父上は、この色術に苦しめられてきたから…。
父上の色術によって自分の母親は狂い不幸になり、自身も5歳で娼館に売られ凌辱されてきた。
その力が理巧に遺伝したとわかったとき、父上が初めて人目も憚らず嗚咽したのを今でも覚えている。
あの時、きっと父上は自身の人生と同じいばらの人生を理巧に歩ませることになると思ったに違いない。
作品名:⑤残念王子と闇のマル 作家名:しずか