⑤残念王子と闇のマル
油断の代償
カレンと共に帰国して、もうすぐ1ヶ月半。
カレンはすっかり花の都に馴染み、ひとりで視察へ出ることも増え、そこでの国民とのふれあいも親しいものとなっていた。
「王子様、滞在長いですね~。」
「この国は、人も景色も美しいから離れがたくて♡」
「きゃ~!美しいだなんて!!」
「もう永住したいくらい♡」
「ぜひぜひ!」
「ありがと~♪でもごめんね~。実は明後日、次の国へ移動するんだ。」
「えー!」
「明日まではいるから、また見かけたら声かけてね♡」
がっかりする国民に最高級の美しい笑顔をふりまきながら、カレンはリンちゃんを歩かせる。
私は相変わらず、樹上からそんなカレンを護衛していた。
(どこに行っても、カレンは人気だなぁ。)
明るい短めの金髪が陽の光を乱反射し、カレンの全身を輝かせる。
金の冠をつけ、白と金の衣装に赤いマントを翻し、白馬に跨がるその姿は、本当におとぎ話の世界の王子様そのものだった。
「ふぅ。」
今日は陽射しが強く、気温も高い残暑厳しい日だ。
そのせいなのか、珍しく体が重くてだるい。
なんだか胸もムカムカする…。
(夏バテかな?それとも…。)
実はカレンとひとつになって以来、この1ヶ月ちょっと、毎日カレンに激しく愛され、常に身体の奥にカレンの余韻が残っており、若干疲れている。
私は、母上に持たされたスポーツドリンクをゴクゴク飲んだ。
(朝晩、すごいから…。)
今朝のことを思い出して思わず頬が熱くなった私は、慌てて気持ちを切り替える。
私は自身に気合いを入れながら、カレンを見守った。
ようやく夕方帰城したカレンを城門で見送った私は、先回りして私室で彼を待ち受ける。
夏バテに効くレモングラスティーを作りポットへ淹れていると、扉が開く音がした。
「麻流!」
部屋に入ってきたのは、兄上だった。
「ちょっと来な。」
いきなり腕を掴まれ、引きずられるように私室から連れ出される。
「…なんですか?」
兄上に引っ張られながら早足で歩く内に、だんだんと気持ち悪さが増してきた。
そこで私は、兄上の手を捻り返す。
「あいてててて!」
兄上の力がゆるんだところで私は後ろへ飛び退き、間合いをとりながら兄上を睨んだ。
「おま…腕が折れるだろ!」
兄上が肘をおさえながら、私をふり返る。
「もうすぐカレンが戻るので、部屋にいないといけないんです。用件を言ってください。」
冷ややかに言うと、兄上が眉間に皺を寄せた。
「カレンは至恩と偉織に足留めさせてる。とりあえず、いいから来な。」
(どういうこと?)
戸惑う私の腕を再び掴むと、兄上は早足で歩く。
着いた先は、父上と母上ふたりの私室だった。
「お、来たか。」
太陽叔父上の、明るい笑顔に迎えられる。
中へ入ると、両親だけでなく双子と理巧、叔父上二人が揃っていて驚いた。
(なにごと?)
戸惑う私を、母上がやわらかな微笑みで手まねく。
「まあ、座って。」
私は皆を見回しながら、円卓の空いている席に座った。
身内の集まりの割には、なんとなくぎこちない雰囲気が漂っている。
(カレンに隠れて…何の話?)
戸惑う私の前で、皆は顔を見合せそわそわした様子だ。
「…ご用件を承ります。」
早くカレンの元へ戻りたい私は、思いきって口を開く。
すると、皆から一斉に視線を浴びた紗那が、私の前に一枚の紙を差し出した。
その紙を覗きこんで、私は全身から血の気が引く。
(…え!?)
あまりの衝撃に、指先が震え始めた。
皆は、そんな私の様子をジッと見つめる。
「…ぅっ!?」
その瞬間、突然激しい吐き気に襲われて、私は椅子を蹴倒すように立ち上がるとお手洗いに駆け込んだ。
嘔吐しても吐き気は治まらず、むしろ吐けば吐くほど吐き気が増していく。
そんな私の背中に、そっと優しく手が添えられた。
「お姉様、これを。」
馨瑠がガラスのコップを差し出してくる。
私は受けとり、一口飲んでみた。
「オレンジピールティー?」
私が呟くと、馨瑠が小さく頷く。
「つわりを和らげます。」
(…。)
馨瑠に背中をさすられながら、私はもう一口飲んだ。
「…美味しい…。」
私はゆっくり飲みながら、カタカタと震える自分の手を見つめる。
そしてようやく吐き気が少し治まると、紗那と馨瑠に支えられながら、再び皆のいるテーブルへ戻った。
全員が、私をジッと見つめる。
その静寂を、楓月兄上が険しい声色で破った。
「カレンの子、じゃないだろ?」
兄上の声が、震えている。
楓月兄上は、次期国王だ。
帝王学を完璧に身につけている兄上は、普段はチャラチャラしているものの、実際は母上と同じで感情を一切おもてに出さない。
いついかなる時も冷静に物事を判断し、対処する。
その兄上が、母上に似た碧眼を潤ませ、声をふるわせている。
「香りの都で会った時、カレン言ってたよな?まだ抱いてないって…。大事すぎて抱けないって。」
私は兄上の潤んだ真っ直ぐな碧眼を見つめ続けることができず、俯いた。
「…父親は、誰なんだ?」
銀河叔父上が、ハスキーな声で穏やかに訊ねてくる。
(…。)
カレンの専属になってからは任務に出ていないので、心当たりがあるとすれば…この間の…。
でも、その約一週間後にはカレンに抱かれたわけだし…どっちなのかわからない。
ただ、『いえ、カレンに抱かれました!』と宣言するのも、正直恥ずかしい。
どうするべきか迷っていると、
「私に罪があります。」
私が言うより先に、理巧が口を開いた。
「理巧…。」
理巧はちらりと私に視線を送ったけれど、立ち上がって皆に深々と頭を下げる。
「どういうこと?」
母上が静かに訊き返すと、理巧は感情の読めない黒水晶の瞳をまっすぐ母上に向けた。
「私が頭領に無断で受けた依頼で、姉上はある男に乱暴されました。先月のことなので、父親はその男だと思います。」
「…なに?」
怒気を孕んだハスキーな声と共に、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がる気配がする。
「銀河。」
それを母上が、静かな声色ながらも鋭く制した。
銀河叔父上は、しぶしぶ座り直す。
「なぜおまえの任務に、麻流が関わる?」
楓月兄上が、厳しい口調で理巧を問い質した。
「…無断で受けた依頼というのは、姉上を拉致してそ男の元へ連れていくというものだったからです。」
その瞬間、兄上と叔父上達三人は一斉に立ち上がり、理巧を鋭く睨む。
「なぜそんな依頼を受けた!」
理巧の隣にいた太陽叔父上が、理巧の胸ぐらを掴んで、拳をふり上げた。
それでも理巧は目を逸らさず、感情の読めない黒水晶の瞳で真っ直ぐに叔父上を見つめ返す。
それと同時に、父上が太陽叔父上の拳を掴んだ。
「それが『忍』だよ。」
父上の言葉に、太陽叔父上が獣のような殺気に満ちた瞳を向ける。
「『忍』は依頼があり報酬が見合えば、それが自国や一族の不利益になるものでない限り、基本的にどんな非道なことでも請ける。」
「不利益!?十分に不利益じゃないか!!姉である麻流を拉致なんて…」
作品名:⑤残念王子と闇のマル 作家名:しずか