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⑤残念王子と闇のマル

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後悔の種


「カレン、酒どのくらい飲めんの?」

楓月兄上が、自分の襟を直しながら訊ねる。

「お付き合い程度しか飲んだことないので、限界はわかりません。」

カレンが笑顔で答えると、兄上は腕組みしながら明るく笑った。

「あ~、まだ19だしね~。」

「きゃあ♡じゃあせっかくだから潰れるまで飲んじゃいましょ♡私がお酌するわ♡」

「おい、麻流に怒られるぞ。」

父上が咎めるように言うと、紗那は肩を竦める。

「あらん、嫉妬深い女は嫌われるのよ~♡嫉妬は軽くスパイス程度にね♡」

「姉上もいい年なんだし、オバサンの嫉妬がみっともないことくらいわかってるでしょ。」

「麻流は童顔だけど大人の女だし、嫉妬なんかしないだろ。」

そう言う太陽叔父上に、紗那がしなだれかかりながら色気のある微笑を浮かべる。

「あらん叔父上、遊び人の割にわかってないのねん♡姉上みたいな男っ気がなかった女こそ、恋愛偏差値が低いから面倒なのよん♡」

「遊びで手を出したら、面倒なことになるタイプね。」

紗那に続けた馨瑠の言葉に、楓月兄上が頷く。

「たしかに、ストーカってそういうタイプのイメージがあるな。」

「でしょ?兄上わかってるぅ♡」

「それこそ姉上なんて忍だから、色んな陰から監視するのもお手のものだし。」

「いや正に今、天井裏から聞いてんだろ!」

小声で話していたけれど、最後は堪えきれず兄上と双子はふきだした。

(こいつら、マジでいつか痛い目に遭わす…。)

笑い始めた息子と娘達を、母上が冷ややかに一瞥する。

その視線に気づいた太陽叔父上が、三人を諌めるように小声で叱った。

「品位を保て!」

「太陽叔父上にだけは言われたくない!」

即座に言い返した、楓月兄上。

まるで漫才のようなやりとりに、カレンはぷっとふきだしながら天井を見上げ、見えていないはずの私と視線を絡める。

「ヤキモチ、妬いてほしいな♡」

(!!)

甘い声色に、私の頬は一気に真っ赤に染まった。

「悪い、待たせた。」

そこへ、銀河叔父上が息を切らして走りこんでくる。

「至恩と偉織とのゲームに、なかなか決着がつかなくてな。」

肩で息をする銀河叔父上にハンカチを差し出しながら、母上が微笑んだ。

「子ども達の面倒をみてもらって、いつも悪いわね。ありがとう、銀河。」

そんな母上に銀河叔父上も微笑みを返しながら、ハンカチを受け取り滲んだ汗を拭う。

「いい?」

アルミの仮面をつけた父上が、母上に声をかけた。

「はい。」

母上が皆を見回し頷くと、従者が頭を下げて扉を開く。

その瞬間、一斉に盛大な拍手が起こり、その中央を父上が母上をエスコートして歩いた。

その後ろから兄上とカレンが肩を並べて歩き、銀河叔父上と太陽叔父上、紗那と馨瑠が続く。

「…姉上は、なぜ?」

華やかな大広間の様子を、私と一緒に天井裏から見下ろしていた理巧が静かにふり返った。

「もう忍ではないから、あの場に行けるのでは?」

そう。

今日は、カレンの歓迎晩餐会が開かれている。

帰国した翌日に熱が下がり動けるようになった私は、その晩餐会の警護に理巧や忍の星一族と共にあたっていた。

「カレン王子の婚約者なのに。」

(理巧…。)

「帰国すら伏せられて。」

任務とは関係ない言葉を、珍しく任務の時に口にする理巧。

私はそんな理巧に一瞬微笑みかけると、すぐに会場に視線を戻した。

「まだ、おとぎの国で正式に婚約を発表したわけではないから…私は今も忍のままだよ。」

父上が忍の星一族の頭領なので、私たち子どもは王族として生まれても『王子(王女)』になるか『忍』になるか、将来が決まるまでその存在は公にされない。

『王子(王女)』になれば、公に名前や性別が公表され公務にも出るようになる。

けれど『忍』になればその存在は一切伏せられ、ごく一部の人間しか知らない王族となるので、こういう公的な場には出ることができない。

(そもそも、父上が忍の頭領っていうのも公表されていないし。)

だから、今回の晩餐会にはまだ将来が決まっていない至恩や偉織は出席しないのだ。

「…私達は、人並みの祝福すら望めないってことか。」

意外な言葉に驚いて理巧を見たけれど、理巧はその黒水晶の瞳を会場へ向けたままそれ以上なにも言わない。

「…ごめんね、理巧。」

私が謝ると、理巧が一瞬こちらを見た。

「私がカレンの専属にしてもらったばかりに、あなたに全てを背負わせることになってしまって…結果、カレンとの結婚が決まってもこんな姿しか見せれてないから、自分の将来に希望が持てなくなるよね。」

アルミのマスクで口元を隠している理巧の瞳は、氷のように冷ややかで感情が読めない。

「けれど父上も母上も、私達の幸せを何より願ってくれているから、大丈夫だよ。」

まるで自分に言い聞かせるように言った言葉に、理巧は返事も反応もせず、その黒水晶の瞳はただ両親とカレンに向けられている。

私もそれ以上は何も言わず、ただ二人で天井裏から和やかにすすむ晩餐会を静かに見下ろして、任務を果たした。


「おつかれさまでした。」

私の私室へ戻ってきたカレンに、私は天井裏から飛び降りて声をかける。

この私室は表向きは客室とされているので、今回はカレンと一緒にこの部屋で過ごすことになった。

「マルこそお疲れ!病み上がりなのに、よく頑張ったね♡」

カレンはマントを外しながら、笑顔で私をふり返る。

「マルのご馳走も、もらってきたよ♡」

私がカレンの冠を外している間に、私専属の女官達がテーブルへ食事をセットしていく。

「一緒に食べようと思って、僕の分も♡」

カレンは椅子に座りながら、ニコニコと笑った。

見ると、コースの殆どが二人分ある。

「カレン…空腹のままお酒を飲んだんですか?」

改めてカレンの顔を見つめると、その白い肌がほんのり赤い。

「前菜は食べたし、パンも食べたから空腹じゃないよ♡」

(いやいや、明らかに酔っぱらってるし!)

酔っぱらって、いつも以上にニコニコしているカレンが可愛くて、私は頬を緩めながらため息を吐いた。

「じゃ、いただきまーす♡」

カレンは手を合わせて、嬉しそうに食べ始める。

「すっかり『いただきます』が身につきましたね。」

私が微笑むと、カレンは悪戯っぽく笑った。

「ん。僕にもきょうだいがいたら、きっと王位継承権を譲って花の都に住んでた♡」

意外な言葉に驚くと、カレンはエメラルドグリーンの瞳を半月にして私を見つめる。

「ここは、いつもみんな仲良くてわきあいあいとしてるし、文化にも心があって大好き♡」

亡くなった爺や様から、聞いたことがある。

カレンは父王様にとって唯一の子どもなので愛情を一身に浴びて育ったけれど、ご側室の皆さんからは当然疎まれており、ご多忙で国を空けがちな王様がいらっしゃらない時は虐められたり命を狙われたりもしていた、と。

ご正妻であったお母様が亡くなられていなければ、そんな苦労もせずに育っただろうに…。

幼いカレンがいつも爺や様と二人でぽつんといる姿を想像してしまい、私は胸がつまった。
作品名:⑤残念王子と闇のマル 作家名:しずか