④残念王子と闇のマル
薬を口元に持ってきてくれるので、それを受け取ろうとすると、横から茶々が入る。
「口移しで飲ましてやんなよ~。」
楓月兄上を見ると、悪戯な悪い笑顔でこちらを見つめていた。
「今朝もイチャイチャしてたじゃん?」
私は冷ややかに兄上を一瞥すると、カレンからなんとか薬を受け取って、自分で口に入れる。
カレンの持つコップに手を伸ばし受け取ろうとすると、なぜかカレンがさっと手をひいた。
(?)
驚いてカレンを見ると、カレンがコップの水を含んで、風のように私の唇を奪う。
(!!??)
そしてそのまま、私にお水を口移しで飲ませてきた。
その瞬間、口笛の音がする。
横目で睨むと、兄上が満面の笑顔でカレンを見つめていた。
「さっすが♡」
その兄上に負けない悪戯な笑顔で、カレンが色っぽく答える。
「わざわざいらして頂いたお礼に、ご期待にお応えしないと。」
そして共犯者のように、お互いにニヤリと笑い合った。
(会ったばかりなのに、すっかり打ち解けてる…。)
「うわ~♪俺、好きだなぁ、カレン♡」
楓月兄上がベッドに肩肘ついて、明るい声を出す。
(か…軽い…。)
そしてそんな兄上に負けず劣らずの軽さで、カレンが答える。
「あはは、僕も大好きです♪カヅキ王子♡」
(…こんなのが王位継承者でいいのか!?両国!)
呆れたため息を吐いた私を、二人が同時に見る。
けれどその反応は真逆だった。
「なんだよ、麻流。相変わらず可愛くねー女だな。」
(うるさい…。)
「マル、ごめん…。具合悪いのに騒いじゃって。」
(かわいい…。)
途端にしゅんとなってしまったカレンが可愛くて、私はその頭の冠に手を伸ばし、まっすぐに整えながら頭を撫でた。
「む!?なんだよ!兄上様は睨んで、オトコにはそうやって優しくすんのか!?」
兄上の茶々を無視して、私は掠れた声を絞り出す。
「晩餐会の…用意をしないと…。」
すると、頭を撫でていた手をカレンが握ってきた。
「ん。大丈夫。ちゃんとできるから。安心してマルは休んでな。」
そしてベッド越しに、カレンは兄上を真っ直ぐに見つめる。
「カヅキ様。もう少しいらっしゃいますか?」
カレンの質問の裏に潜む気持ちまで瞬時に読み取った兄上は、ニヤリと笑った。
「その為に来たんだから、安心して行ってきな。」
「…私より腕、立たないくせに…。」
掠れた声でぼそりと呟くと、兄上は片眉を上げる。
「そーいや麻流、おまえよくも俺を下忍以下扱いしてくれたな!これでも、国内では太陽叔父上の次に強いんだかんな!」
太陽将軍は、世界最強の騎士と言われている。
私はそんな兄上を、冷ややかに見つめて笑った。
「…花の都、騎士レベル低すぎ…?」
「!!…そりゃ…忍のおまえらに比べたら…。」
妹に言い負かされてしどろもどろになる兄上に、カレンは目を丸くしたけれど、ふっと力の抜けた微笑みを浮かべる。
「…カヅキ王子。マルに勝てるのは、ソラ様くらいじゃないですか?…僕も無理です。」
そう言ったカレンの首に、兄上は腕を回して強引に肩を組んだ。
「忍って、もう人間じゃないと俺は思う!だろ?カレン!」
するとカレンは華やかな笑顔で兄上を見上げる。
「ははっ!ちょっと人間離れしたとこもあるけど、僕にとっては最高に可愛い女性ですよ♡」
そして兄上の腕からするりと抜け出たカレンは、私を優しく見つめて瞼に口付けた。
「あとで消化の良さそうなものを用意するから、少し休んでな。」
そのヒヤリとした心地良い唇に、私は瞼を閉じたまま小さく頷く。
「カレン…ひとりにして、ごめんなさい…。」
声を絞り出す私の頭を、カレンは小さな笑い声を立てて撫でた。
「マル、気にしすぎ!」
どこか聞き覚えのある台詞を言うカレンに、兄上が呆れたように腕を組む。
「おまえら…イチャイチャしてるわりに、お互いに気を遣いすぎだろ。そんなんじゃ、気疲れしちまうぞ?」
兄上の言うことはごもっともなことなのだけれど、いまだ結婚もせず奔放にしている兄上にだけは言われたくなかった。
「だから逃げられんだ、いっつも…。」
私の掠れた呟きに、兄上はピクリと肩をひきつらせたけれど、カレンに笑顔を向ける。
「とりあえず、こいつのことは気にせず、おまえはこの国での最後の役目をしっかり果たして来な。」
父上そっくりな口調で言う兄上に、カレンは頭を深々と下げ、私に笑顔を残して寝室を出て行った。
扉が閉まると、遠くでカタコトと音がして、すぐに女官が迎えに来た気配がする。
そして、カレンとの間を断ち切るように、部屋の扉が閉まる音が響いた。
誰もいなくなったのを確認した兄上は、ベッドに肩肘をついて私を優しく見つめる。
「いい男じゃん、あいつ。」
そして、私の頭をそっと撫でながら母上によく似た碧眼を半月にした。
「おまえが忍を選んでから…母上なんか、おまえの結婚を諦めてたもんな。だから、カレンのことは、もう大喜びでさ。」
言いながら、いたずらっ子のように笑う。
「けど立場的に自分が動けないもんだから、なんだかんだ俺たちに言いつけて、それぞれにカレンのことを確認させんのよ。なんたって」
「カレンは『残念王子』だから…。」
兄上の言葉を継いで言うと、兄上は声を上げて笑い、慌てて口をおさえた。
「やべっ!」
そして私を流し目で睨む。
「笑わせんなよ。」
私は目を瞑って、軽く息を吐いた。
「銀河叔父上…今度文句言ってやる…。」
「ははっ。叔父上は、きっと父親的感情なんだろな。『大事な娘は渡さ~ん』みたいな?」
ふざけながら頭を優しく撫でてくれる兄上の手の温かさに、私は意識が深く沈んでいく。
「おつかれ、麻流。今まで国の為に、ありがとな。」
(…そうか…カレンと結婚したら私はもう…。)
深く沈んだ意識の底で、私は幸せな夢を見た。
それは私が赤ちゃんを抱き、父上や母上、叔父上達やきょうだい皆が笑顔で取り囲んでくれている、そんな夢だった。
そんな中、私はあたりをぐるりと見回す。
カレンは?
訊ねるけれど、私の声は誰にも聞こえていないのか応えない。
私は必死で見回すけれど、カレンがどこにもいない。
たまらず立ち上がった私の腕の中で、赤ちゃんが身をよじって泣き声をあげた。
慌てて抱き直し、あやそうとその顔を見て呼吸が止まる。
その顔は…この赤ちゃんの父親は…
「!!」
目を開けると、真っ暗な天井が見えた。
「カレ…ンっ。」
涙が伝う頬を、誰かがそっと撫でる。
「おいおい、なに泣いてんだよ~。」
「…あ…にうえ…」
声の方に顔を傾けると、楓月兄上がその碧眼を半月にした。
「どんだけカレンのことが好きなんだよ~。」
言いながら、頭を撫でてくれる。
「もうすぐ戻ってくんじゃね?もう二時間経つし。」
その王子然とした品のある容姿とは裏腹に、口調は
父上譲りの兄上に、私はふっと笑みをこぼした。
「おおっ、おまえでも笑うんだな!忍になって久しく笑顔なんて見せなかったよなぁ。やーっぱ、好きな男できると、人間らしくなるんだなぁ。」
作品名:④残念王子と闇のマル 作家名:しずか