④残念王子と闇のマル
「…。」
「この怪我じゃ足手まといなのはわかっていますが」
「そういうことじゃない!」
珍しく、カレンが声を荒げた。
私の瞳から、涙が溢れる。
「足手まといとか、そういうんじゃないだろ。」
カレンはそっと私を抱きしめた。
「双子だって言ってたじゃん。この後、熱が出るかもしれないって…。」
(…!…。)
合点がいった私は俯いて、カレンの胸に額を押し付ける。
「…でも『もう二度と目を離さない』って言ったじゃないですか…。」
カレンが「だから」と小さくあげた声を、私は遮った。
「今、理巧が私につけてる忍は、下忍です。怪我を負っていても、下忍より私は腕がたちます!その程度の者に、私を護れるはずありませんし、護られたくもありません。」
カレンは驚いた表情で、私と天井を交互に見た。
「…そうなの?」
私は、大きくゆっくりと頷く。
「というか、むしろ忍ですらないかも。ちょっと心当たりのある気配ですが…間違いなければ、きっとこの人に強引に頼み込まれて、理巧も仕方なく護衛にしたのかと…。」
私は横目で天井をチラッと見て、カレンを見上げた。
「ここにいても、私は安静になんかできません。間違いなく。だから…。」
すがるように言う私をカレンはギュッと抱きしめると、深いため息を吐く。
「あーーーもう!…仕方ない!」
唸るような声をあげると同時に、カレンは私を抱き上げた。
「具合悪くなったら、すぐに言いなよ!」
私を抱えたまま部屋から出て、きっちりと鍵をかける。
「カ、カレン。歩けますから…」
「これが嫌なら、今日の視察はやめる。」
「ええ!?いや、馬鹿でしょ!?」
「馬鹿って何だよ!せめてピーマンって言ってよ!」
「いや、ピーマンでいいの!?」
言い合いながら廊下に出ると、出会う女官や侍従達が皆、サッと目を逸らした。
(冤罪だったとはいえあの騒ぎじゃ無理ないのか…いや、むしろ冤罪だったからこその反応なのか?)
つい俯いてしまいそうになる私とは違い、カレンは目を逸らす者達もひとりひとりしっかり見て、笑顔で会釈している。
堂々と胸を張って前を見るカレンを、私は誇らしく思った。
(カレンは…強いな。)
そんな時、廊下の途中で大臣達が待っていた。
『昨夜は、大変失礼致しました。』
カレンを冤罪で捕らえてしまったことを、陳謝する。
カレンは返事せず、優しい微笑みのみ返した。
『今日の視察は、婚約者のマルも連れていきます。』
カレンの言葉に大臣達は私に視線を向けたけれど、その瞬間、戸惑った表情を浮かべる
(カレンに抱かれたままな上、男装だから…そりゃ驚くよね…。)
苦笑いを浮かべながら会釈すると、大臣も慌てて頭を下げた。
『かしこまりました。』
『本日の行程は?』
(さっきまでの可愛いカレンとは違って、王子としてのオーラが眩しい…。)
話しながら足早に廊下を抜け、外に出ると既にリンちゃんが用意されていた。
『すぐにマル王女様の馬もご用意致します。』
大臣が素早く指示を出すと、騎士達が走って行く。
しばらくすると星が連れて来られ、リンちゃんの横に繋がれる。
カレンはリンちゃんへ近づくと、その頬を撫でながら話しかけた。
「リンちゃんは女の子だから、二人乗りは難しいでしょ?悪いけど、今日はお留守番してて。ね?」
すると、まるでその言葉を理解したように、リンちゃんは残念そうに小さく嘶く。
そんなリンちゃんにカレンは優しく微笑み返すと、私を抱いたまま軽々と星へ跨がった。
『こちらにご一緒…ですか?』
大臣が訝しげに訊いてくる。
それは当然だろう。
本来なら、夫婦であっても別々の馬に乗るものだ。
それに、星は忍の使役馬としては非常に優秀だけれど、王族が乗る華やかな馬ではない。
『一時も、離れたくないんです。』
カレンが誰もが見惚れる華やかな笑顔で答えると、大臣達が頬を赤らめながら頭を下げた。
『は…かしこまりました。』
私はカレンを見上げて、小さな声で訴える。
「カ…カレン、馬ぐらい一人で乗れますから…。」
「ダメだよ。ケガのことを知られるわけにいかないんだから。」
言葉を遮るように耳元で囁かれ、私はハッとした。
(確かに、王妃の一件は冤罪と発表されたけれど詳細は大臣にすら明かされていない。この怪我がわかってしまうと、色々と明かさなければいけなくなり、結果王妃が罪に問われることになってしまう。そうなんだけど…。)
「でもこれじゃ、カレンのイメージが…。」
「元から『残念王子』でしょ?今更だよ。」
カレンは凛とした表情で、私を見つめる。
「イメージなんて、どうでもいい。そんなものは実績に伴って、変わっていくものだから。」
そう言って自信たっぷりに微笑むカレンは、陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
私はその逞しい胸にもたれ掛かると、手綱を握るカレンの手を握りしめる。
「全然、残念王子じゃない…。」
私の呟きにカレンは喉の奥で笑うと、大臣達に笑顔を向けた。
『では、お願いします。』
大臣や騎士達に囲まれ、香りの都の各地を巡る。
香りの都の特産物である香木やハーブの農園、アロマオイルや香水を精製する工場を巡りながら、この国の経済や国民たちの生活、風俗まで細かく話を聞くカレン。
ひとつひとつをノートに書き留め、おとぎの国と比較したり、おとぎの国にはない文化などには興味を示したり、と非常に熱心に学んだ。
そして行く先々でカレンの美しさに集まってきた人々へも笑顔で手をふったり、時間が許す限り星から降りて直接言葉を交わして交流したりした。
その姿に、大臣達のカレンを見る目が変わるのが手に取るようにわかる。
途中、昼食を挟みながら日没前まで視察は続き、城へ帰る頃には打ち解けた和やかな雰囲気になっていた。
和気あいあいと城門をくぐると、そこに王様と王妃が待ち受けていて驚く。
カレンは私を抱えたまま、馬から降りた。
私たちは二人同時にその場に跪く。
そんな私たちの前に、王様も膝をついた。
『晩餐を用意しているので、ご参加願えまいか。』
カレンがチラリと私を見ると、王妃が私の前に膝をついて手を握ってきた。
『王女様もぜひ、ご一緒に。』
意外な状況に戸惑って私もカレンを見つめ返すと、カレンが穏やかに微笑んで頷く。
『かしこまりました。マルも一緒に参加させて頂きます。』
カレンの言葉に、二人はホッとした表情を浮かべた。
『では、のちほど。』
そう言って立ち去る王様達の背中を、カレンはジッと見つめる。
その表情は冷ややかで、睨むような視線は彼がいまだ決して彼らを許していないことが伝わってきた。
「カレン。」
私が小さく声をかけると、ハッとした表情で私を見る。
「部屋へ戻って、少し休んで用意をしような。」
そして取り繕った笑顔に、胸が痛んだ。
『本日は大変勉強になりました。ありがとう。』
立ち上がったカレンが大臣達に礼を述べると、出発前とは違い、大臣達は敬愛に溢れた笑顔で頭を下げる。
カレンは踵を返すと再び私を抱え、星の手綱をひいて厩舎まで連れて行く。
作品名:④残念王子と闇のマル 作家名:しずか