④残念王子と闇のマル
「まぁでも、もうすぐ僕にもきょうだいがたくさんできるか。」
私は、すぐにその言葉の示す意味がわかって、頬がカッと熱くなる。
(『婚約者』って言われるよりも、より具体的に感じてドキドキする…。)
「僕は、何人きょうだいになれるんだろ?」
照れる私をからかうように、笑いを含んだ声色でカレンが訊ねてきた。
(…もう!)
「王子が加わると、9人きょうだいになる予定です。」
カレンを睨む私のかわりに、理巧が無表情で答える。
(『マジメだね。』)
ここに父上がいたら、きっと呆れたようにそう言ったと思う。
そんな想像をした私は、思わずひとりでふきだして大笑いしてしまった。
「マル、今ソラ様を想像したでしょ?」
想像を言い当てられてドキッとしながら見れば、カレンも目尻に涙を滲ませながら笑っている。
「カレンだって、同じことを考えたでしょ。」
そしてどちらからともなく、お互いに額を合わせて笑い合った。
(ん?)
「9人?8人の間違いじゃない?」
首を傾げる私に、理巧が無表情に答える。
「無事に産まれたら、9人になる予定です。」
(!…また!?)
「女王様おめでたなんだ?仲良いんだね~♡」
カレンが無邪気に笑い、私の後頭部を撫でながらそっと引き寄せた。
「これが最後と言い続けて3人目です。」
再び大まじめに答える理巧に、私もカレンも同時に声をあげて笑う。
「僕たちも、たくさん欲しいね♡」
頬に口付けられ、顔が火を噴きそうに熱くなった。
「ラブラブね~♡」
すかさず、紗那がからかってくる。
「お母様やお姉様みたいな面白みも色気もない女が、結局はイイ男をつかまえるのかしらね。」
馨瑠も、毒を吐く。
「あらぁ、じゃあ私達は絶対イイ男をつかまえられないわぁ。」
(…そろそろこいつら一回シメ)
「父上。」
懐の暗器へ手を伸ばした私を再び遮って、理巧が天井を見上げて呟いた。
それと同時に、黒い影が音もなく降り立つ。
「終わった?」
「お姉様、さ、傷を見せてください。」
父上の言葉に被せるように、馨瑠が近づいてくる。
「あ~、これは酷いわねぇ。」
紗那が傷口をじっくり見ながら呟いた。
「…。」
父上は、全てお見通しと言わんばかりの冷ややかな視線を2人に送る。
「とりあえず、お風呂で身を清めてきてからだわ。」
馨瑠の言葉に、カレンが私を見た。
「腕動かすと痛いでしょ?僕が洗ってあげるよ。」
「え!?」
驚いてカレンを見上げると、紗那と馨瑠がニヤリと笑うのが目の端にうつる。
(こいつら…どこまでも…。)
思わずグッと拳を握る私をよそに、カレンは至って大まじめに私を真っ直ぐな瞳で見つめた。
(…かわいい…。)
そのワンコのような潤んだ瞳に、双子への怒りもすぐに消え、鼓動が少し早まる。
「あー、そうしてもらいなよ。」
飄々とした口調に、私は父上を見た。
「こいつらは、俺がてきとーに抑えとくからさ。」
横目でチラリと双子を見た父上は、悪戯っぽい視線をカレンに移す。
「よろしく~。」
「!…はい!」
カレンは満面の笑顔で答えると、私を静かに抱き上げてベッドから降りた。
「ぃゃん、羨ましい~♡」
「遊び人を虜にする方法を教えてほしいわね。」
「お母様に何度も聞いたけどぉ、よくわかんないのよねぇ。」
「逆に、男側に訊いたほうがいいのかも。」
「ねぇお父様ぁ、なんでお父様は色気も面白みもない母上を選んだのですかぁ?」
「…。」
「でも、これだけ子だくさんなんだから、お父様にとって母上は色気があるってことよね。」
「いまだに、毎日いちゃついてるものねぇ。」
「その結果が、49歳と46歳にして8人目妊娠。」
「いい加減、飽きないのかしらねぇ~。」
「よっぽどお互いを好きなのか、アレが好きなのか。」
「お父様、好きそうだもんねぇ~♡」
(本人を前にして、これだけ言えるって…。)
双子達の声を背中に訊きながら、カレンは寝室を出る。
寝室の扉が閉まった途端、部屋が静かになった。
「…カレン…ごめんなさい。」
俯きながら謝ると、カレンが私を見る。
「なにが?」
きょとんとしたその顔を、私は見つめ返した。
「妹達が、失礼なことをたくさん言って…。」
気を悪くしているのではないかと思ったけれど、カレンは私から視線を外して首を捻る。
「ん?」
(…え?思い当たらないの?)
驚きながら、私は恐る恐る言葉にしてみた。
「遊び人、とか…ぎ…技術が…とか。」
最後は恥ずかしくてごにょごにょっとなってしまう。
するとカレンはその大きなエメラルドグリーンの瞳を半月にして微笑んだ。
「ああ、そんなこと?だって『遊び人』っていうのは、ほんとのことだし。まぁ『元』だけどね。」
片目をパチッと閉じた後、カレンはその表情を悪戯っぽいものに変える。
「でも『技術がない』かどうかは僕にはわかんないから…。」
言いながら、からかう瞳で私を下からのぞきこんだ。
「確かめてみてよ、マル。」
「!」
一気に熱を帯びた頬を見て、カレンが嬉しそうに笑う。
「怪我が治ったら、ね♡」
そして唇に軽い口づけを落とされた。
(…もう…。)
頬を膨らませる私を抱いたまま、カレンは2人ぶんの着替えを持って浴室へ入る。
「わぁ、お湯が張ってある!」
カレンは感動しながら、私をそっと床に降ろした。
「今朝ここに戻ってきた時に、10時に入浴できるよう女官に頼んでいたので沸かしてくれたのでしょう。」
するとカレンが私の頭に大きな手を置いて、ポンポンと優しく撫でてくれる。
「さすがだなぁ~マル。」
そして、そのまま身を屈めたカレンに、耳元に音を立てて口づけられた。
「こういう気遣いが行き届いているところが、マルの一番の魅力だよ。」
それから首筋を撫でるように口づけながら、カレンは服を脱がせてくる。
「一緒にいて安心するし、楽しいし、癒されるし…このすぐに赤く染まる白い肌も」
するりと脱がされた服が、小さな乾いた音を立てて床へ落ちた。
カレンは潤んだエメラルドグリーンの瞳を伏せながら、私の瞼に口づけを落とす。
「丸くて大きな黒い瞳も」
自らも服を脱ぎながら、角度を変えて唇を啄んだ。
「赤い唇も」
一度身を起こしたカレンは私の肩の包帯に手を掛けながら、再び唇を重ねる。
「全部色っぽくて可愛くて愛しくて…大好きだよ。」
深く口づけられる間に包帯も解かれ、ガーゼも外され、そのまま抱き上げられて浴室へいつの間にか入っていた。
カレンは、シャワーのお湯が直接傷に当たらないよう、手を添えて体を濡らしてくれる。
「しみるけど…がまんして。」
言いながら、泡立てた石鹸で体を洗ってくれ、最後に傷口にそっと触れてきた。
「!!!」
激痛に身をよじった瞬間、カレンが腰をぐっと抱き寄せて深い口づけをしてくる。
「…ん!ぅっ!」
カレンの熱い舌に翻弄されながら、なんとか激痛に堪えていると、シャワーで手早く洗い流された。
「っは…はぁっ」
カレンの唇が離れ、私は荒い呼吸を繰り返す。
作品名:④残念王子と闇のマル 作家名:しずか