④残念王子と闇のマル
家族
(暑…。)
今日も、暑さで目が覚めた。
寝室の中は既にギラギラとした陽射しが差し込んでいて、室温も高くなっている。
太陽の位置から、朝の10時前か。
(香りの都がこんなに暑いとは思わなかった…。)
花の都にもおとぎの国にも勿論、夏はある。
でも赤道直下のこの国ほど、暑くはなかった。
(忍の任務でも、この国には来たことなかったから。)
初めて体験する灼熱の暑さに、私はため息を吐きながらそっと視線を隣へ移す。
すると、カレンも汗だくになって寝ていた。
意外にたくましい首筋に、汗が滲んで伝っていく。
その様子があまりにも艶かしく、私の鼓動が高鳴った。
(もう少し休ませてあげたいけど、そろそろ起こさないと熱中症になるし、視察にも行かないといけないし。)
王様と王妃からの謝罪を受け入れた後、カレンの部屋に戻った私達は、徹夜だったこともあり、夜明けの朝日を浴びながら2人で倒れるように眠った。
(5時間くらい眠れたかな?)
カレンを起こそうと隣に手を伸ばした瞬間、肩に激痛が走った。
「うっ!」
思わず小さな呻き声をあげると、カレンが弾かれたように飛び起きる。
そして、枕の下の小刀を素早く掴んで鞘を払い捨てながら私を力強く抱き寄せるカレン。
「あっつ!!」
抱きしめられた瞬間、再び襲う激痛に私は悲鳴のような声を上げた。
カレンはびくりと身を震わせると、慌てて私から離れる。
「ご…ごめっ!!マル、ごめん!!」
カレンは払い捨てた鞘を探すと、急いで抜き身の小刀をしまった。
「…いえ…大丈夫です。すみません…。」
涙目になりながら頭を下げると、カレンは瞳を潤ませながら私の頭を優しく撫でる。
「僕のせいで…ごめん…。」
「ち…違います!カレンは何も悪くな」
「おはようございます。」
私の言葉を遮った艶やかな低い声に、私達は驚いて顔を見合わせた。
そこへ、想像通りの人物が音もなく降り立つ。
「理巧。」
(帰ったんじゃなかったの?)
戸惑う私の前に、更にもう2人、黒い影が続けて降り立った。
「おひさしぶり~お姉様♡」
「ずっと上から見てたのに、熟睡してるし、起きても気がつかないし。忍として、どうなの?それ。」
「!」
数年ぶりに再会した長い銀髪の双子に、私は目を丸くする。
(任務で戻っても、きょうだいには会わずに帰ってたからなぁ…。)
「きゃあ~♡こちらがカレン王子ね!!ぃゃん♡噂通りめっちゃハンサム♡」
「太陽叔父様に似てるって、ほんとだったんだ…。」
「ええ~、太陽叔父様より美しいわよぉ!」
「それは叔父様が老化しただけで、若い頃はこのくらい美しかったんじゃない?」
突然現れて騒ぐ2人に、若干怯え気味のカレンがそっと私に近づいてきた。
「…妹?」
私はため息を吐きながら頷くと、2人を軽く睨む。
「あんた達、挨拶が先でしょ。」
けれど、そんな私を軽く無視して双子は勝手なことを話す。
「お姉様が怪我さえしてなければ、イイものが見れたわよねぇ、絶対!」
「この顔は、きっと毎日求めてくるタイプよ。」
(…。)
「カレン王子って、上手なのかしらぁ?」
「有名な遊び人って話だから、慣れてはいるんじゃない?」
「あ~、一番残念なパターンかもねぇ。慣れてる=上手とは限らないものぉ。」
「顔がいいとそれに頼っちゃって技術があがらないことも多い、ってお兄様が言ってた。」
「あははっ!それって自分も含んでるんじゃないのぉ!?楓月お兄様ったらぁ!」
「自分が下手なことへの言い訳かしら。」
(…。)
そろそろ堪忍袋の緒が切れそうになった時、ジャラッと鎖の音がする。
「姉上たち。」
見れば、身も心も一気に凍りつきそうな冷ややかな瞳で、理巧が2人の首に忍鎌を掛けていた。
理巧の怒りを感じた双子は、すぐさま姿勢を直す。
「カレン王子、はじめましてぇ!私は花の都第2王女、紗那(さな)と申しまぁす♡」
「同じく第3王女、馨瑠(かおる)です。私達はご覧の通り双子で、姉上より3歳下の19歳です。」
「あらん、今日の夕方産まれたんだから、まだ18歳にしときましょうよぉ!」
「日付が変わったら、もう年を取るの。」
首に鎌を掛けられながらも再びお喋りが止まらない双子に戸惑いつつ、カレンはふわりと微笑んで挨拶をしてくれた。
「初めてお目にかかります。おとぎの国王子、カレンと申します。」
散々な言われようだったにも関わらず、礼儀正しく爽やかに挨拶をしたカレンに、再び2人が騒ぎ出す。
「きゃぁぁ♡いい声ぇ♡」
「遊び人とは思えない爽やかさが、却って『本物』って感じよね。」
「うちのお父様もお兄様も理巧も、ひっく~い暗ぁい声だからねぇ。声も太陽叔父様みたいに透き通ってるんだぁ♡」
「あ、もうその時点でやっぱり『本物』って感じ。太陽叔父様並みに遊んでるわ、きっと。」
「それって、生物学上の共通点なのかしらぁ~♡」
もう収拾がつかない2人に私はため息を吐くと、放ったらかすことにして理巧を見た。
理巧は冷ややかな視線を双子へ向けながらも忍鎌を腰へ戻し、私とカレンに向き直る。
「傷の縫合に参りました。」
(あ、なるほど。)
私は理巧の言葉で、初めて双子が現れた理由がわかった。
「縫合?」
うちの家族を把握していないカレンは、首を傾げる。
私は軽い調子の2人を横目で見ながら、カレンに向き直った。
「あの2人、あんなですが医師と薬師なんです。」
私の言葉に、カレンが驚いて双子を見る。
「紗那が医師で馨瑠が薬師。楓月兄上とこの双子は、忍の訓練はある程度受けていますが、忍ではありません。」
私の言葉にカレンは数秒間、呆然としていたけれど、突然プッとふきだした。
「だろうね!こんなに賑やかな忍はいないでしょ!」
(たしかに…。)
カレンの言葉に納得しながら、私も笑ってしまう。
「マルやリクと正反対だね~。」
カレンが肩を揺すって笑いながら、私と理巧を見た。
「ここに楓月兄上が加われば、もう本当に収拾がつかない。」
ため息をつきながら、少し面倒くさそうな表情を理巧が浮かべる。
珍しく理巧が自ら会話に参加してきて、しかも感情の読み取れる表情をしたことに、私は驚いた。
その何の緊張感もない雰囲気が嬉しくて、私は満面の笑顔になる。
「楓月兄上こそ、太陽叔父上に顔も性格もよく似てるよね!」
私が笑いながら言うと、理巧も珍しくその瞳を三日月に細めて頷いた。
そんな私たちを見て、カレンがふっとため息を吐く。
「…やっぱ、姉弟なんだね。」
その表情は柔らかく、エメラルドグリーンの瞳が潤んで光る。
「なんか今朝まではマルとリクって家族って感じじゃなかったけど、あれは任務中だったからなのかな?なんか今はほんとに普通の姉弟に見える。」
そして、切な気に眉を下げた。
「いいよね、きょうだいがいるって。」
(…そうか、カレンは一人っ子だから…。)
私はどう言葉をかけたら良いのか迷いながら、そっとカレンの顔を覗き込む。
すると突然、カレンが悪戯っぽく微笑んだ。
作品名:④残念王子と闇のマル 作家名:しずか