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墓前に佇む・・・

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「じゃあ、君には麻衣が僕の前に現れることも分かっていたのかい?」
「それだけは分からなかった。私にとっては想定外だったのよ。あくまでも想定内であれば、自分の考えていることが先にどうなるかを見ることができるんだけど、想定外のことまで、さすがに見ることはできないの」
「……」
「あなたが、敦美を意識しなかった理由は分からなくもないわ。確かに敦美には結婚した相手がいて、由梨が生まれた。あなたに敦美に対して恋愛感情を求めているわけではないの。ただ、敦美の中にある私を、引き出してほしいと思っていたの。そうすれば、もっと早くあなたもトラウマから脱却できて、私も、もう一段階先に進むことができたと思うの」
「君は、それでいいのかい?」
 茂は優しく微笑みかけた。樹里が自分の気持ちを表に出して、感情を隠すことなく表してくれていることに、茂は嬉しくなっていたのだ。
「最初は、そう思っていたけど、こうやってあなたが来てくれたことで、あなたを待っていたのは敦美ではなく、私だということがよく分かったわ。だから、こうやってあなたが私に追いついてくれた」
 心なしか、樹里の目が潤んで見える。そして、その表情は、最初に愛おしさを感じた麻衣を思い起させるものだった。
「だから、あの世に行くまでに、いくつかの段階が存在するんだね」
 というと、樹里の目から、涙が溢れ始めた。
「ところで、麻衣という女性は本当に存在したのかい?」
「どうして、そう思うの?」
「今の君を見ていると、麻衣を思い出すからさ。麻衣を通して、君は僕に会いに来てくれたんじゃないのかい?」
「あの世に行くまでの段階の中で、あなたに会うための場所をずっと探していたの。麻衣ちゃんの中に私が入ることはできなかったけど、麻衣ちゃんを通してあなたは、意識しないまでも私を見てくれていたことは確かなの。私はそれだけでよかった。だから、麻衣ちゃんは確かに存在していたのよ」
「僕の思い過ごしなんだね?」
「麻衣ちゃんが、あなたのところに現れるのは、確かに私にとって想定外だったわ。でもそれだけに、私には麻衣ちゃんを通してあなたを見ることができたというのは、ある意味、皮肉ではあるけど、私にとっては、ありがたいことだったの」
 樹里はそう言うと、少し考えていたようだったが、
「ねえ、じゃんけんしない?」
「いいけど、じゃんけん嫌いだったんじゃないの?」
「生きている時はね。でも、今はじゃんけんしたいの」
「勝負がつかないかもよ?」
 麻衣と、同じような会話をした記憶を思い出していた。
「いいのよ。じゃんけんしているうちに皆追いついてくるわ」
 樹里はそういうと、茂の後ろを目を細くして垣間見ていた。
「そろそろ由梨が追いついてくるかも知れないわね」
「由梨ちゃんは、もっと先に行っているんじゃないのかい?」
「いいえ、あなたが由梨を追い越したのよ。あなたにも由梨にも意識はないでしょうけどね」
 茂は、後ろを振り向かなかった。振り向くことが許されない気がしたからだ。それなのに樹里は茂に注意を促そうとはしない。後ろには何があるというのか、茂は震えを感じていた。
「それじゃあ、じゃんけんを始めるわよ」
「じゃん、けん、ぽん」
 二人は同時にチョキを出した。
 この瞬間、墓の前で腰を下ろしていた麻衣の姿が忽然と消えてしまったこと、そして、麻衣という女性が存在していたことを知る人は、誰もいなくなったことを、茂は自分のことのように寂しい気持ちになっていた……。

                 (  完  )



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作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次