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詩集【紡ぎ詩Ⅳ】~始まりの季節~

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 三月に入り、毎日のようにカレンダーを見ては、あと何日経てば自宅を離れなければならないと何か焦りにも似た気持ちが増していった。いよいよ、その日が来た。必要な荷物は既にあらかた学生寮に送っていたので、当日はボストンバッグ一つで自宅を出た。母も一緒だった。思えば、三十数年前のあの日、私は未来への希望とそれを上回るほど大きな不安を抱えて、最寄りの駅を旅立った。
 そして、あれから気の遠くなるような年月が流れ、今度は自分の息子が大学に行くために親元を離れるときが来た。あの日、母も今の自分と似たような心境で私を送り出してくれたのだろう。はるかな星霜を経て、今、初めて我が子を遠い地へと送り出す親の気持ちがわかった。
 入学して一ヶ月後、五月の連休には飛ぶようにして列車に乗り、故郷へと帰った。思えば四年間、休みができる度に同じことを繰り返していたように思う。少しの休みができれば飛んで故郷に帰り、逆に京都に戻る日は許されるギリギリの時間まで自宅で過ごして最寄り駅から上りの列車に乗り込んだ。若さのお陰で、いつのときも希望を胸に抱いて京都に戻ることはできたけれど、やはり、希望よりも郷愁と淋しさの方が大きかったのは事実だ。
 けれども、中年になってから当時を振り返ってみると、あの時代がどれだけ貴重な時間であったかが身に染みる。後にも先にも、私は故郷を離れたのは大学時代の四年間のみだ。自宅から離れ、他所の空気を吸える環境というのがどれだけ恵まれているかを知るのは、歳を取ってからである。家業の寺院の後継者である息子も、恐らく私と同じで、大学時代を除けば、ずっと生涯を岡山で過ごすことになるだろう。きっと、彼も後になって、これからの四年が自分にとって宝物であることに気づくはずだ。
 ピィー、今朝も早春の大気を震わせ、列車が駅を通過していった。子の巣立ちを告げる車輪の音に、自らの青春時代の想い出を重ねずにはいられない。



☆「あの日のあなたの笑顔」

お父さんに新しいスーツを買って貰ったと
嬉しそうに微笑むあなた
綺麗にお化粧もバッチリで笑うあなたは
どこか知らない よその娘さんのようで
ママはほんの少しの戸惑いさえ憶えてしまう

そんなあなたをママの傍らで見つめるお父さんの頬は
もう緩みっ放し
―新しいスーツも買ったし、これで就活もできるな。
お父さんが口にした瞬間
あなたの顔が思いきりほころんだ
その笑顔はさっきのよそ行きの微笑みとは違っている
顔中くしゃくしゃにして笑う まさに全開の笑顔
どこかで見たような気がして
一緒懸命に記憶の糸をたぐり寄せる
〝あっ〟と想い出が水底(みなそこ)からぽっかりと浮かび上がるように姿を現した

あれは確か あなたがまだ赤ちゃんの頃
何が面白かったのか
全開の笑顔を見せたことがあった
顔中くしゃりと歪めた愛らしい笑顔は
春先に真っ赤なチューリップが開いたようで
忘れようとしても忘れられるものではない
たった今 二十一歳のあなたが見せたのは
まさに あの日のあなたの笑顔

どんなに綺麗に成長しても
大人になったとしても
二十一歳になったあなたの中には今も変わらず
赤ちゃんのときの あの日のあなたがいる
そう思うとママは何だか嬉しいような泣きたいような気持ちになった
長い長い学生生活を終え いよいよこれから社会に旅立つ瞬間が近づいているね
多分 何度も経験した受験戦争より就職戦線の方が大変でしょう
思い通りにゆかないことも
泣きたくなることも
きっとたくさんある
大人になるということの本当の意味をあなたが知ったとしても
あの日のあなたの笑顔はずっと消えないことを
あなたのこれからの人生が幸せに満ちた明るいものであることを
ママは心から祈っています

初めて歩いた時
初めてお喋りした時
お父さんとママは手を取り合って歓んだ
あなたが見せてくれた たくさんの成長と歓びは
今も色褪せない宝物として
ママの心の宝箱に入っています
あの日のあなたの笑顔も
あなたがくれた たくさんの宝物の一つだよね

―大切な大切な娘へ


☆「未来のアルバム」

朝 真っすぐな陽差しが脚もとに降り注いでいる
透明な空気も光も
すべてが明るく清潔感に満ちている
清浄とした大気を纏い庭に立てば
ゆく手を照らすかのように地面に光の輪を描く生まれたの太陽
朝いちばんに見た陽光は少し頼りなくて
生まれたての嬰児のような覚束なさもあるけれど
どこか限りない力強さも秘めている
光の渦の中に佇み
両手を水平にピンと伸ばし眼を閉じる
身体の奥底から揺るぎない力が沸々と
あたかも地の底から泉水がわき出るかのように漲ってくる

昨日まで自分は過去
今日からの自分が今
たった今も一秒後には過去になり
前にはただ未来だけが延々と続いている
爽やかな初夏の風が頬を優しく撫でて通り過ぎる
―さあ、歩き出しなさい。
風にそよぐ葉のそよぎがそっと囁きかける

一日が始まるこの瞬間がいっとう好きだ
どんな一日の終わり方をしたとしても
一夜明けた朝には
また新しい一日が始まり
今の自分が未来を作ってゆくのだと実感できる
ささやかな感謝を抱いて眠った翌朝には
すべての人に希望という歓びが与えられる
前方に指す一筋の光の向こうに
ひたすらに長い道がふと見えたような気がして
私は一歩を踏み出す
―今日という未来アルバムの一日が始まろうとしている 

☆「コスモス畑の向こうには」

コスモス畑の中
一本の道が真っすぐに延びている
どこまでも どこまでも
道の途中に佇み背伸びをして はるか遠くを見つめたとしても
ずっと先まで続いているこの道の彼方はけして見えない
思えば
ずっとずっと歩いてきたこの道
烈しい吹き降りの日も
凍えるような雪の夜も
眩しい太陽が頭上に輝く晴天の日も
このひと筋の道を進んできた

今 二十五年間 歩き続けたこの道の途中で立ち止まり
頭上を振り仰げば
湖のように涯(はて)なく澄み渡った蒼穹がどこまでも見渡せる
気持ちの良い初夏の風がコスモス畑から吹き渡り
道の脇にひろがる一面のコスモスたちが一斉にそよそよと揺れる
初夏のこの季節
コスモスが咲くはずがないのに
私を取り巻くのは紛れもなく薄紅色の可憐な花たちばかりだ
ふいに
いずこからともなく蒼い蝶がひらひらと飛んできた
蝶は道案内をするよう繊細な羽根を動かしつつ
少し先をゆっくりと飛んでゆく

雨の日 雪の日
もう一歩も歩きたくないと
このまま道に身を投げだし 倒れ伏したまま眠ってしまいたいと
幾度と知れず思った
そんなとき 
必ず蝶は私の前に現れ 励ますように道案内をしてくれる
道に沿って続くコスモス畑は
優しい風に花を一斉に揺らし
その葉音はあたかも慈しみ深い子守歌のようにも聞こえた

ある時から
私は道の向こうに何があるのか
この道がどこまで続くのか考えるのは止めた
このまま歩いてゆけば
いつか道の向こうにたどり着けるだろう
その時 きっと何が待ち受けているのか判るはずだ
自然にそんな風に考えるようになったからだ
だから私は今日も歩き続ける
一歩一歩足下を確かめるように大地を踏みしめながら
延々と続く、この道を