表裏の真実
「そうでしょう? そんな彼が、S町の町議会で仕事をしていて、しかも肝心な部分の経理関係の仕事に従事していたというのは、彼が自分から飛び込んだのか、それとも、何かの力が働いたのかのどちらかではないかと思うんです。松山さんは、何かをご存じだったんでしょうか?」
「よく分かりませんが、彼はこの街に二つの交通事故多発地帯があることを気にしていました。そして、この街には対になるものが他にもあるんだって言っていたのを思い出しました。それが、ダム湖に沈んだ表には出てきていないもう一つの村だったのかも知れません」
「この街にある『表と裏』ということでしょうか?」
「そうかも知れませんね。しかも、その表と裏にも、二面性がある。つまりはリアルな汚職事件、もう一つはオカルトなダム湖に沈んだもう一つの村。これも、表と裏という二面性なのではないでしょうか?」
「人は、それらの裏になる部分を必死に隠そうとする。でも、オカルトな部分はそれを許さないと考えると、二面性はおのずと表に出てくることになるわけですよね」
「でも、それでも隠さなければいけない人たちがいる。自分たちの利益しか考えない連中がそうなんでしょうが、それ以外にも、守らなければいけないものを守ろうとすると、どうしても隠さなければいけないと思うものなんでしょうね」
「でも、そのせいで歪が起こらないとも限らない。それが事故多発地帯の存在であり、七日辻のように、車同士の事故は大きな事故になるにも関わらず、死人が出ないという矛盾しているように見える場所も存在することになる」
「矛盾というよりも、大きな事故にしないといけない何かの理由があるのだけれど、死人を出してはいけないというギリギリのところで生まれてくるオカルトが都市伝説のようになって伝えられていると考えると、逢坂峠の存在は、必要不可欠なのかも知れません。自分は逢坂峠が最初の事故多発だと思っていたんですが、今では七日辻の事故多発を対にするために、出来上がった場所に思えて仕方がないんです。そういう意味ではあなたが、私を逢坂峠に導いてくれたのは、由梨さんの意識してのことだと思っていたけど、実は無意識だったようにも思えるんですよ」
「私は間違いなく意識して逢坂峠に招いたんですよ。でも今思えば、本当の理由が何だったのか、遠い過去を思い起こすようで、ハッキリとしないのも事実ですね」
「この街に、長居は無用だと思うんですが、いかがですか?」
その時にマスターは口を開いた。
「そうですよ。由梨さんは、この街から立ち去るべきです」
「どうしてなの?」
「由梨さんには、表はあっても、裏がないからです。だから、自由に行動できたんですが、そのことを街の人たちに知られると、この街では生きていけません」
「私だけが特別だということなの?」
「ここではね。でも、他の土地に行くと、それが普通なんだよ」
そういえば、昔から、自分だけが特別だと思っていた由梨だった。マスターと出会って心理学の話を聞いた。その時に、自分だけが特別だという意識はなくなっていた。やはり、マスターは由梨にとっての救世主だったのだ。
「僕は閉鎖的な村に育ったので、この街のことは何となく分かる。閉鎖的なところは、対になるものが必ずと言っていいほど存在しているんだ。しかも、その二つはお互いに存在を知ってはいるが、お互いを侵略することはない。そのことは、この間、文香さんから聞いた話でも分かることだと思うんだ」
「でも、ここには松山さんの思い出がある。簡単に捨てられないわ」
「大丈夫だ。松山君は生きている」
「えっ?」
「二年前に交通事故で亡くなった人は、松山君の『裏』の人物だったんだ。町議会の連中が始末したかったのは、松山君の『裏』だったんだけど、それでも表の松山君も狙われた。そのため、里見さんが彼を逃がしてくれたんだけど、里見さんはこの村の出身でも何でもないので、彼の死に裏表の概念は存在しない。だから、彼が死んだということは、もう、彼の代わりはいないということなんだ」
「閉鎖的な街や村というのは、一体どういう構造になっているんでしょう?」
「それは僕たちにも分からない。だけど、裏があれば表もある。閉鎖的ではないところも同じことなんだけど、閉鎖的ではないところでは、裏を消せば表も消える。そして、表を消せば裏も消えるんだよ。だから、一面性しかないように見えるんだけど、実際には違うのさ」
世の中では裏表が確かに存在しているのは分かっていたが、こんな構造になっているなど思ってもみなかった。
「分かりました。私はこの街を出ます」
由梨はそう言って、落ち着くために洗面所に向かった。
そして、洗面台で顔を洗って、顔を拭きながら目の前にある鏡を見つめた。
そこには写っているはずの自分の顔が写っていなかったのだ。最初から由梨という人間は、存在していたのだろうか……。
( 完 )
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