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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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the second with heartache

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 だけど、あの店員さんたちの気持ちも少しは理解できる。もちろん商売根性が大半だったろうけど、それだけではない熱意を感じる人も少なからずいた。プロならばなおさら、良い品物を彼に着せてみたい、持たせてみたいと思うのは無理もない。そういう気持ちにさせる、させられる人だから。
 エレベーターで屋上に上がり、ガラス扉の外へ出ると、風が吹き付けてきた。天気は良くて夕焼けに近づく空はとてもきれいなのだけど、案外いる人は少ない。ちょっと強い風のせいかもしれない。
 ふと気づくことがあって、耳に手をやる。手をつないで右隣にいる彼は目ざとく気づいたらしい。
 「それ外しちゃうの?」
 「……うん、風で取れてなくなったら嫌だから」
 少しだけ言いよどんだのは、彼の声にあからさまながっかり感が含まれていたから。正直に理由を話すと「そっか」と納得した、ほっとした声になった。
 彼が、クリスマスプレゼントにくれたオレンジ色のガラス細工のイヤリング。先日の試合観戦の時に初めて着けて行ったら、すごく喜んでくれた。だから今日も着けてきた。
 普段は全然アクセサリー類は着けない。それだから地味だって言われちゃうのよ、というのは一部友達(主になーちゃん)の弁だけど、着けたって地味なことには変わりないと思う。私自身が地味な人間なのだから。
 だからもらった時も、正直どう扱っていいものか悩んだけれど、先日の一件で、彼関係で休みに外出する時には着けようと思った。でも大学に着けていくつもりはない。頻繁に使って失くしたら嫌だとやはり思ってしまうし、恥ずかしいのもある。……新学期、そういう私を見たら彼は、がっかりするだろうか。
 「そこのカップルさん、写真撮りませんか?」
 声をかけられたのは、ひと通り眺めを見ようとして壁面沿いに屋上を回っていた時。一角で何かやっているなとは思ったけどその時までちゃんと見てはいなかった。
 あらためて見ると、白い風船や金色のハート形ポップ、その他とにかく白い飾りが、人が二人くらい立てる大きさの白いマットを取り巻いている、ほぼ白一色のセットがあった。デコレーションの一番高い位置には「Happy WhiteDay!!」の大きな文字。
 「プリントサービスにプラスして、データ転送サービスもしてますよ。Bluetooth使える携帯ですか?」
 声をかけてきた係の女性は、いちおうは私の方も見るけれど、9割くらいは彼を見て彼に話しかけている。その態度と、今日のこれまでを合わせて考えると断るかな、と半分期待したのだけど、意外にも彼の答えは違った。
 「使えます。お願いします」
 「えっ?」
 「あ、ごめん。せっかくだから撮ろう? 写真持ってないし」
 「あらっそうなんですか? じゃあ今日撮っちゃいましょう、ホワイトデーですからプラス1カットサービスしますよ! さあさあこちらに」
 係の女性のはやしたてるような声以上に、彼の、なぜか懇願するような表情に虚をつかれて、気が進まないと答えるタイミングを逸してしまった。しかたなく誘導に従って、セットの中央のマットの上に立つ。
 小さいセットの小さいマットの上だから、彼にかなり近づいて並ばなければいけない。けれど明らかに見られている前で彼とくっつきすぎるのは抵抗がある。どの程度の距離感にすればいいかわからずにいたら彼が、私を引き寄せた。時折するように肩にではなく、腰に手を回して。
 ええっ、と思ったけど声には出さなかった。出せなかった、と言う方が正しい。それくらい驚きが大きくてーー腰を引き寄せられた瞬間の、電流みたいな妙な衝撃も相まって、自分でも認識できるくらいに体中がこわばった。例に漏れず、顔も。
 「彼氏さんすっごい素敵、いい笑顔ですよー。彼女さーんもっと力抜いてー自然にー」
 カメラ担当の人がいろいろ言っているのも右から左へ流れていく心地で、とにかく、早く終わってほしいと思った。体の右半分が完全に密着している状態で、顔の右側は彼の胸に押し付けられるようになっていて、どうかしたら心臓の音が聞こえそうだった。自分の心臓の音がうるさすぎて、他の音をしっかり聞く余裕なんかなかったけれど。
 ああせめてイヤリング着けておくんだった、と思いながら顔の筋肉を動かすのが限界に感じられた頃、やっと撮影が終わった。その場に座り込みたいのをなんとか堪えつつ、彼が係の女性から説明を聞いて写真とデータを受け取るのを見ていた。
 「どうもありがとうございましたー。お幸せにー」
 そんな声がしたけど、愛想笑いをする気力もない。とにかく早くここから離れたい。どこかで休みたい。ひとりになりたいーー
 「槙原どう、これ。写りがいいと思ったの刷ってもらったけど」
 持って帰る? と彼が言いながら差し出した写真をちらりと見て、目まいがした。超絶いい笑顔の彼の横にいる、貼り付けたどころか下手くそな線で描いたみたいな笑いの自分。
 エレベーターが1階に着き、扉が開いた瞬間、走り出していた。何も言わずに。
 呆然としているであろう彼の声が聞こえないのをいいことに、振り返らずに走った。もちろん当てがあるわけではない。いたたまれない、その気持ちだけで足を動かして、施設の敷地内を闇雲に走った。ようやく空いているベンチを見つけたのとほぼ同時に、後ろから左腕をつかまれた。けっこう強い力で。
 ……そうだった、彼はサークルで普段走り慣れている人だ。たいして足が速いわけでもない私になんて、すぐに追いつけてしまう。
 振り向きたくなかったけどそういうわけにもいかない。おそるおそる後ろを見ると、怒っているかと思った彼は怒ってはいなくて、ものすごく心配そうな表情をしていた。ああそうだ、彼はそういう人だった。
 「どうしたの」
 「…………座りたい」
 全然つながっていない返答に首を傾げながらも、彼は「わかった」と言って、私が見つけた空きベンチに一緒に移動する。
 「ーーで、何がどうしたの、槙原」
 「………………」
 気持ちが混みいりすぎて、うまく言える自信はなかった。仮にうまく言えたとしても、彼に言っていいものかどうなのか。はっきり言うのは失礼なんじゃないのか。
 だけどまずは謝らなきゃ、とは思った。
 「…………ごめんなさい」
 「なんで泣くの?」
 言われて初めて、自分の目から頬に涙が流れていることに気づいた。気づいた途端に、涙の量が増えてしまった。ぼろぼろ、とまではいかないけどぽろぽろと連続で落ちてくる。慌ててハンカチをカバンから出して、拭いながら言う。
 「ほんとに、ごめんなさい、なんか私、すごく、全然、ダメだなって」
 泣きながら話すのは難しい。鼻にも影響があるからうまく息を使えなくて、どうしても声が揺れてしまう。ただでさえ断片的にしか言えていないのに。
 けれど言った途端、隣の空気がちょっと変わったのはわかった。心配と戸惑いの感情が、急に張りつめた感じ。
 「何がダメ?」
 聞きようによっては怒っているみたいにも聞こえる語調に、今度は私が戸惑う。
 「俺わかんない。槙原の、何がダメなの」