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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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the second with heartache

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 言葉が沁みてきて、つらくて、少しおさまった涙がまたぶり返す。……付き合ってから今まで、彼は、私に否定的な言葉を向けたことがない。それはわかっていた。だから私も、口にはしないように気をつけていた。ずっと心の中にはあったけど。
 言ってしまったのは今が初めてだーーこんな時に取り繕うことができない、笑うべき時に仮にでも笑顔を作ることができない、かりそめでも彼の「彼女」として、最低限にでも堂々としていられない私は、ダメだとしか思いようがなかった。
 だけどそれをそのまま、今この時でも声音こそ厳しいけど私の背中をさする手は優しい彼に言うのは、はばかられる。彼は私を特別に好きなわけじゃない。それでも精一杯、ダメな私に気遣って接してくれている。
 だから、何も言わないのは良くないとわかっていても、答えられなかった。
 背中をさする手の動きが止まり、反対の手が私の顔に伸びてきて、あごに残っている涙をすくう。そのまま、指でくいと、顔の向きを変えられた。向き合った彼は、ひどく真面目な顔であり、かつ緊張しているようだった。その理由はすぐにわかった。
 「……キスして、いい?」
 「ーーえ」
 「ダメなら、やめとくけど。でも今、したくて」
 いつも明朗な彼らしからぬ、抑えた声と、それに反比例する視線の強さ。本気で私とキスしたがっている、その感情が伝わるのと同時に、さっきと同じぐらい心臓が騒ぎ出した。
 付き合い始めてからの5ヶ月ほどの間に、キスしたのは誕生日の時の一度だけ。以降、額や頬に軽くされたことは1度2度あったけど、それも含めて全部、彼の部屋での出来事だ。外でしたことなんて当然ない。
 目だけで可能な限り周りを見回すと、昼間よりは少ないとはいえ、通る人はまだまだいる。日が傾いてきてはいるけどまだ暗いとは言えない。誰にも見られずに済むということはないだろう。
 ーーだけど、普通なら断るに違いないこの状況で、今、首を横に振る気にはならなかった。
 彼の本気がストレートに伝わってきたからかもしれない。……私自身が、一度目のキスを思い出して、二度目を求めたい気になったのかもしれない。とにかく気づいたら、うなずいていた。
 「本当にいい? ……じゃあ、するよ」
 宣言とともに顔が近づいてくる。目を閉じた。直後、唇が重なる感触、次いで短い間、唇を吸われる感覚。それが離れたかと思うと今度は、目元から頬にかけて何度か唇で触れられる。涙の跡をたどるようにして。
 ……すごくドキドキするけど、同時にすごく安心できるキス。
 もう一度、唇に戻ってきたやわらかな感触は、とても優しかった。大事に扱ってくれているのを、感じることができる。
 それでもやっぱり、自分に自信を持つことは、できない。彼と私の差はあまりにも大きすぎるからーーいつか、彼にふさわしい相手が現れる。私以外の誰かが。その予感が頭から離れない。
 だって私は彼にふさわしくない。誰が見ても華がある彼に、華やかさのかけらもない私は似合わない。たとえ誰にも何も言われなくても、彼が気遣って言わなくても、私では「彼女」としては不足すぎる、あまりにも。
 ーーそれでも。
 ちゅっ、ともう一度、小さな音を立てて吸われた後、唇は離れた。肩とあごに置かれていた手に、そのまま抱きしめられる。彼の肩越しに、通りがかった人と目が合ってしまい、やっと認識した恥ずかしさで思わず彼にしがみついた。その反射的行動を、また恥ずかしく感じてしまう。
 「携帯、Bluetooth使えたよね。貸して?」
 体を離した後、彼がそう言ったのでロック解除した携帯を渡す。何をするんだろうと思ってから「あ」と気づいた。1分ほど操作した彼が返してきた携帯には果たして、さっき撮った写真が表示されていた。Bluetooth通信で転送したのだろう。
 「写り具合気に入らないかもしれないけど、せっかくだから持ってて。俺のも、嫌なら誰にも見せないから」
 彼の気遣いが、最近すごく、嬉しいけれどせつない。
 ーーこの優しさを、失いたくない。できればずっと彼の隣にいたい。
 そう思ってしまう気持ちが、日に日に大きくなっている。なぜそう思うのか、は深く考えないようにしていた。考えてしまうと取り返しがつかないことになる、後戻りができなくなるのが薄々わかっているから。
 彼に優しくされるのは、大事に扱われるのは居心地がいい。時々、いたたまれない気分を感じることがあっても、それでもなお、彼の隣という特別な位置は嬉しかった。私みたいな地味女子でも、いや地味女子だからこそ。
 それが理由なのだと、思おうとしている。ーー難しいことじゃない。それも本音のひとつには違いないから。
 あらためて写真を見ると、さっきほど衝撃は受けなかった。引きつった笑顔なのは間違いないけど、見られないほどじゃない。状況を考えれば奇跡的なほどに。
 とはいえ、常時見ていたいものとは言えなかった。だから「私はいい」とプリントアウト分は彼に渡す。彼は、残念そうな顔をしながらも、二つ返事で受け取った。
 その表情になんだか申し訳なくさせられて、「データはちゃんと保存しとくから」とはっきり言うと、明らかに安心したように笑う。
 彼はけっこう、わかりやすい表情をする人なんだなと、付き合う日々の中で知った。それらの、どの表情にもいちいち、私がドキドキさせられるようになっていることも。
 だけど、私は彼の好きな人じゃない。普通の友達よりは親愛の情を多めに持ってくれているとしても、それ以上ではない。その事実を忘れてしまったら大変なことになる。
 ーーだけど、彼が許してくれている間は、一緒にいたいと思う。
 「もうすぐ5時か。ちょっと早いけど、夕飯食べてこうか。ここだとイタリアンが評判良さげだけど、他に食べたいものある?」
 しばらく携帯画面を見ていた彼が、そんなふうに言いながら私の手を引いて立ち上がらせる。
 その、さりげなく優しい仕草が、その奥にある力強い頼もしさが、私に向けられているうちは。
 誰に何を言われても、傷つくことがあっても、受け止めて受け流せるような、そういう人間にならなければ。
 彼に握られた手に伝わる温もりに、涙がにじむのを感じながら、その涙が落ちないようにこらえつつ、強くそう思った。


                                   - 終 -