遅くない、スタートライン 第4部 第1話 11/2更新
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1年前…私はここでベリータイムズ・ミヒロをオープンした。亡くなった両親が遺してくれた家を改装してカフェをオープンした。オープンするまでにどれだけ周囲の人に助けてもらっただろう。マサ君もそうだけど、千尋さんにはとても感謝している。スィーツは焼けても経営方面は今だから言うけど、あまり自信がなかった。
フェイシャルプランナーの資格を持っている千尋さんは、本店カフェと2号店の経理も管理している。また販売能力もすごい。この時期にこんなスィーツを入れてはどうだとか?旬のフルーツもいいが定番フルーツ商品を作るべきだとか、一杯アドバイスをしてくれた。そのおかげで1年後のカフェの売り上げも順調に延びていた。
「ふぅ…あぁ、よっこいしょ」私はオーブンの蓋を閉めて近くの椅子に座った。横に広いおなかだったが、8ヶ月中期ぐらいから前にも飛び出してきた。また有難いことに娘のモアちゃんはよく動く。健診の度に真理子第2副院長先生に言われる。
「モアちゃん!ちょっとジィッとしてくれんかなぁ?ホント…MASATOパパそっくりだよ!」と言うのだ。ま、最後には元気があってよろしいと言ってくれるけどね。この頃のMASATOパパは名前辞典ばかり見ている。何個候補を作るんだろう?また兄貴達のマネをしているのか。
オーブンのタイマーの色が変わった。私はテーブルに手をついて立ち上がった。南人君がそれを見て、
「あぁ…いいっすよ!俺が見ます」と立ち上がってくれた。
パテシイェは機敏な動きが要求される。腰も軽くなければいけないし、手足も倍速で動かさなければいけない。私も現役時代は調理場を小走りしてた。リゾートホテルで鍛えられた莉佳子ちゃんと南人君は申し分ない動きをする。私もこうやって椅子に座れるもん。
「美裕ぉ!そろそろソファ座んなさい」ホールから千尋さんの声がする。
「はーい」私は立ち上がって、ソファ席に行った。最近ソファを置いたんだ!ソファで食べたいお客さんもいるだろうから。今は仕込みの時間なのでお客さんはいない。座らせてもらおう…
莉佳子ちゃんがマグカップにホットミルクを入れて持ってきてくれた。
「ありがとう…あの焼き上がりでもう3回ぐらい焼いてみる?」
「そうですね。あぁ…これどうですか?」莉佳子ちゃんは私に自分のスマホを見せた。
カフェのドアが開いた。ドアが開いたら音楽が鳴るようにしている。混雑時にドアの開く音が聞こえないといけないから。ドアが半分ぐらい開いたと同時に、軽い足音が聞こえた。
「ママぁ!ただいまぁ!」あっくんがスイミングから帰って来た。後ろからはスイミングバックを持ったパパが入ってきた。
「おかえりぃ!あっくん」私は手を振った。
「みてぇ!」あっくんは昇級認定カードを私に見せた。
「おぉ!おめでとうぉ!上の級にいけたね」私はあっくんの頭をなぜた。
「うん。パパがねぇ」また笑顔で話し出した。
あっくんはスイミングスクールに行くと、やはり疲れるのか眠たいみたいだ。おやつのスィーツとオレンジジュースを飲んだら、目がトロンとしてホイップをつけた口のまま、南人君にもたれていた。
「あぁ…あっくん寝てるぅ」莉佳子ちゃんがスマホを向けて撮影した。
「パパもお疲れみたいですよ」千尋さんは、下向いて居眠りしてるパパを指さした。
「申し訳ない。送り迎えも家事もしてるからぁ…」私はそばにあったブランケットをパパにかけた。
「まぁ今は仕方ないわ。出産したらご機嫌取んなさいな」千尋さんは笑って言った。
また自動ドアが開いた。雄介義兄さんがホームセンターに買い出しに行って帰ってきたのだ。
「さっきさ、家の前通ったら…」と話し出した。
2月に入ってから、基礎工事が始まり今月に入って内装工事が始まった。また千尋さん家族のリクエストでパティオを作り、パパと雄介義兄さんがリクエストした車庫も後数日でできるようだ。
「明日から水回りのキッチンやお風呂の工事に入るって。ほら桜井師範代の息子さん」
「あぁ…ダイケンふたごさんの兄ちゃんだっけ?」
「うんうん。その人が今日は陣頭指揮取ってた。福永さんは本社で会議で後でカフェに来るって言ってた」
「了解!それまで寝かせておく?」千尋さんはパパを指さした。
「いいんじゃない。よく頑張ってるよ!あっくんもね」雄介義兄さんがあっくんの頭をなでた。
「ほぉ…雅樹兄貴は舜樹君とで旅行に行ったんですか?」
俺は起きて、雅樹兄貴と家の話・仕事の話やら雑談していた。
「うん。もう今度4年生なるだろう!大体の事は1人でできるようなったかい(から)。春花が舜樹だけ連れて旅行にでも行ったら?ふたご達がついて行ったら大がかりになるから。舜樹だけならお気楽旅行できるかもよ!って」
「で、決行したんですか?」
「うん。楽しかったわぁ…うちもさ普段は舜樹兄ちゃんエンジンが入ってるからさ。タマにはガス抜きさせんとね。ップップ…普段なら春花に怒られそうな事も、しっかり舜樹としてきたぁ。久しぶりに肩車してやったし、海辺で相撲も取った」笑いながら言った兄貴だ。
「今ならさ、あっくん春休みだから!お前もガス抜きに2人で遊んで来いよ。日帰りで」
「うーん。行きたいな!」美裕が紙袋を下げて俺達のそばに来た。
「パパ!行っておいでよ。私ならカフェにいるし、カフェにいたら千尋さん達がいるから大丈夫よ。ね!」
美裕は千尋さんを見た。
「うんうん!行っておいで。何なら1泊2日しておいでよぉ。家には私達が泊るから!」
雄介義兄さんも…うんうんとうなづいた。
あっくん…起きたらビックリするだろうな。明日からお稽古ごとが連休で休みなんだ。いいタイミングで!
「よし!行こう!」俺はそばにあったタブレットを手に取った。
翌日8時に俺はあっくんと家を出た。
「ママ!いってきますぅ」と嬉しそうに手を振った。
「行ってきますぅ!千尋さん達によろしくな」俺も手を振った。
「行ってらっしゃい!初親子旅行!気をつけてね」美裕は笑顔で手を振った。
俺とあっくんは、初の親子旅行に旅立った。
2人を送り出した後に私は、雄介義兄さんの車で高茂久総合病院に妊婦健診に出かけた。もう9ヶ月に入ってから週1回高茂久総合病院に通っていた。今日は千尋さんもついてきた。リアルタイムでモアちゃんが見たいと言って。車の中で、千尋さんが言った。
「マサ君…苦悩してるの?名づけ」笑いながら言った。
「昨日もあっくんの画用紙の隅に何か書いてたぞ」雄介義兄さんがミラー越しに笑った。
「うん。女の子だからワタシの名前の一字をどーしても入れたい。またモアちゃんと【モ】も使いたい!って」
「そ、そりゃ…苦悩するわ。ま、今日はそんなこと考えんでしょ」
「考える時間ないわよぉ。あっくんと2人で豪快に遊んでじゃない?」
私達は3人で車の中で大笑いした。いとも簡単に想像できちゃうから。
作品名:遅くない、スタートライン 第4部 第1話 11/2更新 作家名:楓 美風