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記憶の十字架

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 森山のように、妹を意識はしているが、実際に妹を想像でしか感じたことのない男性を、兄として慕いたいと思っていた。ユキは森山が想像していた妹そのものだったのだろう。森山も妹の夢を何度も見ていた。お互いに惹かれるものがあったに違いない。
「夢の中で会っていたのかも知れないね」
 という会話もあったのかも知れない。そう思うと、森山にとってもユキにとっても、お互いに抱いているトラウマを癒してくれるのは、ユキであり、森山だったのだ。
 ユキが今までにどんな酷い目に遭ってきたのか、森山は知らなかった。
――どこかにトラウマがある――
 と思ってみても、まさか、男が関わっているなどとは想像もできなかった。
 ただ、森山に対して兄と慕うその思いの強さに、どこか無理が入っているような感覚を覚えたのも事実だった。
――大丈夫なんだろうか?
 と自問自答をしてみたが、何が大丈夫だというのだろう?
 ユキに対して、大丈夫なのかと言いたいのか、それとも、ユキを相手にする自分が、大丈夫だというのか、考え方ひとつで、変わってくる。
 睦月と知り合うまでは、いつもユキと一緒にいる時、
――大丈夫だろうか?
 と考えていたが。睦月と一緒にいると、不思議と、何が大丈夫なのかなどどうでもよくなり、気にする必要などないように思えてくるから不思議だった。
 睦月と知り合って、今さらながらユキのことが、
――俺にとっての妹なんだ――
 と感じるようになった。
 ユキを妹として感じ続けることは、ユキをトラウマから救ってあげることが永遠にできないことを意味していた。そのことを森山が知ったのは、睦月が交通事故に遭ってから、記憶を半分失っていると知った時だった。
 森山は最初から分かっていた。
 睦月が交通事故に遭った時、ユキが睦月に会おうと画策していたことも、知っていた。知っていて知らないふりをしていたのは、睦月の記憶が半分なくなっているのを知ってからだった。
 睦月の記憶がなくなっていることも、医者から聞く前に分かっていた。森山は、睦月が交通事故に遭ったその時から、それまで鈍感だと言われていた部分がどうなってしまったのか、予知できるようにまでなっていた。
 睦月の交通事故に遭ったという事態は、睦月だけでなく、そのまわりの人にも影響を与えた。それぞれの意識や記憶がスクランブルを起こすことによって、感情がリセットされたのかも知れない。
 睦月は、森山との結婚を思い止まった。森山が結婚を白紙に戻したいと言ってきたからだ。森山の意識の中にユキがいた。自分が好きになった部分の睦月の意識をその中に発見した。
――元々はユキの中にあった記憶があるきっかけで睦月に移り、今回の交通事故で、またユキの中に戻ってきたのかも知れない――
 とまで感じた。
 途中から、発想が一人歩きしている気がしてきたが、それだけユキにも、消し去ってしまいたいほどの記憶が心の中にあったのだろう。
 本当に消し去りたい記憶を他の人に移すことはできない。しかし、記憶の一部を他の人に移すことで、辛い記憶を意識しないで済むところに格納することができる。ただ、その記憶を移す相手がどうして睦月だったのか、そのキーワードはどこにあったのか、分からない。
 睦月とユキを結びつけるキーを持っているのは、森山だけのはずだ。
 ということは、森山が睦月と出会ったというのは、偶然ではないということであろうか?
 森山が睦月と出会ったのは、ユキに怖さを感じた時だった。それまで自分を慕ってくれていたユキが、森山のことを初めて、男として意識した時だったことを、森山は理解していた。
 男として意識するのは、森山にとって嬉しいことであったが、ユキの見つめる視線が自分を通り越して、さらに向こうを見ていた。男を意識したために、森山の向こうにある何かを見てしまったのだ。その時に敦美に対しての恨みと、男に対しての嫌悪が一緒になり、癒しを求めていたはずの森山を敵対する視線を送ってしまった。
 その時、森山が出会ったのが、睦月だった。
 睦月は、心の中に余裕を持っていた。何も考えない部分を持っていたと言ってもいい。森山が睦月に惹かれていくのをユキは感じていた。このままでは自分の居場所が森山の中から消えてしまうことを危惧したユキは、自分の記憶の消し去りたい部分の一部を、睦月に移すことで、自分の存在を森山から離さないようにしたのだ。
 ユキが意識的にしたわけではなく、ユキの中にある潜在意識が他の人よりも優れていることで、睦月の気持ちに入り込むことはできないまでも、自分の意志を、
――預けておく――
 ということができたのだ。
 敦美がユキから逃れようとして結婚を考えたのも、ユキの考えに基ずくものだった。
 まわりはユキを中心に回っていた。言葉を変えると、ユキを中心に回っている世界に森山はいたのである。
 それまでは、自分中心に回っている世界にいたはずだった。一瞬にして、中心が変わってしまう世界に入りこんでしまうのは、自分の中で、
――まわりから自分を見つめよう――
 という意志が働いたからだ。
 森山のように自分中心の中で生きてきた人間には、理解できないものだ。そのために、世界が変わったことを意識させることがないようにする必要がある。それが、ユキの意識を睦月の中に入れてしまうということだった。
 だが、睦月の中にある元々のユキの記憶を元に戻してしまうと、今度は睦月の中で、
――森山のことは覚えているが、それまで森山に感じていた恋愛感情は失せてしまいそうだ――
 という感覚は、
「あなたは記憶を半分失ってしまった」
 と言われたことで、納得できるものになる。
 後は、森山自身が、ユキに対しての気持ちを元に戻すことができれば、いいだけだった。ユキは森山相手であれば、男としての免疫を持つことができる。そして、
――自分が愛するのは森山しかいない――
 と感じるに至る。
 ユキは睦月の中から自分の記憶を取り戻す時、一緒に看護してくれた敦美の記憶まで一緒に取りこんでしまった。
 それが姉のものだと最初は思わなかったが、姉の記憶の中に、本人も意識していなかった、
――妹への懺悔の気持ち――
 が伝わってくるのを感じ、それが姉の敦美であることを知る。
――私は何にわだかまりを持っていたのかしら?
 と感じるようになった。
 それは、すでにユキの中で無意識であっても、姉を許すという気持ちを持ちあわせていないとできないことだ。
 ユキは、森山と結婚することを決意し、二人の愛の物語はここから始まることになった。
 しかし、森山とユキは睦月に対して共通の十字架を背負うことになった。それは睦月から戻された記憶の中に存在する。
――これって、姉が私に対して感じていた気持ちと同じようなものなのかしら?
 ユキは、
「因果は巡ってくるものなんだわ」
 と感じ、その時森山自身も、自分の中の懺悔を思い出していた。
 それはユキと知り合った時、ユキを最初から妹として見ていたわけではない。ユキに対して少女を見たことで、いかがわしい気持ちになってしまっていた。
――死んだ妹が、ユキに会わせてくれたんだ――
作品名:記憶の十字架 作家名:森本晃次