交わることのない平行線~堂々巡り③~
それこそ、人のことは分かるということなのだろう。その感覚は、何も「死」というものだけに限ったものではない。「死」を目の前にすると、「生きる」ということを一緒に考えないようにしている。それは、「生」と「死」が絶対に一緒にならない領域で支配されていることの証拠であり、逆に「死」を意識すると、「生」を意識しないようにするものなのかも知れない。
香澄が、
――「死」を怖くない――
というのは、その時に「生」を一緒に考えていないからではないだろうか。一緒に考えてしまうと、急に臆病になり、我に返ってしまって、「死」について考えることをしばらくできなくなってしまうほどになってしまうことだろう。
香澄は、死んでからのことをほとんど考えたことはなかったが、ある日急に考えるようになった。
それは、彼が死んだという話を聞く前のことで、義之サイボーグがいなくなってから少ししてからだった。
つまり、香澄に影響を与えた二人の行動が、香澄に死を意識させたというわけでもないようだ。
香澄が意識したものは、死というものが、香澄にとってどういうものなのかというよりも、死というものが、漠然とどういうものなのかという考えだった。
――自分にとって――
などという考えは、香澄にとっては「余計なこと」のように思え、考えたとしても、すぐに考えるのをやめていたに違いない。
それでも、
「死んだらどうなるのか?」
という発想が最初にやってくる。
宗教などでは、極楽浄土や暗黒の地獄などの発想があるようだが、香澄の中では、信じられないという思いが強かった。
死んでも、同じような世界で生き返るというイメージを抱いていた。
しかし、その世界で生き返るのは人間とは限らない。まったく違うものに生まれ変わることになるだろう。
そして、死んでから行く世界で、また死んでしまったら、今度はまた別の世界で生まれ変わる、そこは、どんな世界なのだろう?
今いる自分が死んでしまえば、同じ時代の同じ時間の違う世界で生き返る。そして、その世界で死ねば、今度は、また違う世界の同じ時間に生まれ変わると考えれば、まるでその世界は、
――パラレルワールドの綱渡り――
のようなものに見えてくる。
それは、この世界に人間として生まれたことが「偶然」であるということになり、偶然であれば、
――死を迎えたとしても、怖がることはない――
と、言えるだろう。
それは、死を恐れないための勝手な妄想なのかも知れない。
ただ、そんな考えが頭を擡げるということは、死が近づいたことの表れなのかも知れないと感じ、それまでに、死について考えたことがなかったからだ。
今までに少しでも死について考えたことがあれば、それほど意識しないことなのだろうが、初めて考えることが、突き詰めれば、
――死を恐れないための勝手な妄想だ――
と感じたのだから、
――死が近い――
と感じたとしても、不思議なことではない。
自分にとって近い世界は、次の世界の「死」を迎えた世界。いわゆるパラレルワールドであって、自分の子孫、つまり義之の時代ではない。
――この世界に未練を感じなくなったら、おそらく、その時は自分の死を迎える時なんだわ――
突然襲ってくる死でもない限り、その考えが当て嵌まる気がした。寿命と呼ばれるものを全うした場合はもちろん、病気などで死んでしまう場合も、きっと死の刹那には、この世に未練はないんだろうと思った。そうでなければ、完全な死は訪れず、この世を中途半端な形で彷徨うのではないかという考えは、他の人の発想と同じものであった。
本能を持った動物は、自分の死期が分かるというが、本能で悟ることができるというのも、一種の知能があるからではないかと思う。そう思うと、彼らの中には、前世が人間だったものも少なくはないだろう。
ただ、これはあくまでも勝手な妄想。
――死が怖くない――
と言えばウソになる。
死を目の前にして、自分がどんな心境になっているのかと思うと、あまり考えたくないことだった。
彼が自殺したという話を聞いて、ショックを隠せなかったのは、この発想を引きづっていたからだ。それでも、時間というのは冷酷に流れていくもので、数日もすれば、死への恐怖も薄れていき、驚くほど、彼の記憶がスーと消えていたのだ。
――彼は、私にとって何だったんだろう?
という思いを抱いてみたが、考えてみれば、会話が多かったわけでもない。一緒にいた時期のことを思い出そうとしても、なぜか思い出せない。彼は、すでに香澄にとって、「過去の人」になっていたのだ。
――もし、思い出すとすれば、私が死ぬ時かしらね――
死を迎えると、それまでの人生が走馬灯のようによみがえってくるというが、本当だろうか?
香澄にとって、それはありがたくない発想だった。
それまでの人生がどれほどのものだったのか、考えただけでは想像もつかない。それが走馬灯となってよみがえってくるというのだから、どれほどの長さなのか想像もできないだろう。
――そんなに長い間、「死」と直面していなければいけないなんて耐えられない――
と、感じた。
ただ、走馬灯を見ているうちに、死に対しての感覚がマヒしてくるのかも知れないと思った。
だが、その時間を経なければ、次の世界に行くことができないのだとすれば、どうだろう?
この世に未練が残っていれば、見えてきた走馬灯を見ていなければならないのは、苦痛でしかない。
――いい思い出と、嫌な思い出を見ている時、どっちが自分にとって辛いと感じるようになるんだろう?
未練が残っているのなら、その思い出は「いい思い出」の場合が多いだろう。そうなると、
――いい思い出を見せられる方が辛い――
と感じるに違いない。
だが、未練が残っていなければ、走馬灯は逆に邪魔でしかない。
――さっさと、この世とおさらばしたい――
というくらいに感じることだろう。
――彼の場合はどうだったのだろう?
彼は自殺したと言っても、未練があったに違いない。理由はやはり余命いくばくかしかない自分に対して、
「世を儚んで」
ということになるのだろうか。
香澄は、思い出すこともなかった彼が、何を考えていたのかということだけは意識していた。それは、
――彼のことを思い出す――
という考えの外のことだと思っている。
義之本人は、そんな香澄の前に現れた。
義之には、香澄が「死」を意識していることは分かっていた。実は、未来で開発されたアイテムを、こちらの時代に持ち込んでいた。それは、相手の心を察知するというもので、まだ試作品だった。
本来であれば、未来のものを過去に持ってくるのは禁止されていたが、試作品ということで、問題ないと判断した義之の発想だった。
ただ、この機械の効果は、義之の時代の人間に限定されていた。
いや、限定されていたわけではなく、あくまでも、自分たちの時代の人間でしか効果はテストされていない。要するに、
「結果は保証できない」
というわけだ。
それでも、義之は香澄に試してみた。
作品名:交わることのない平行線~堂々巡り③~ 作家名:森本晃次