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予知能力~堂々巡り①~

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 この物語の根幹となる基準のお話に似たようなものがございますが、あくまでもこのお話はフィクションですので、作者の創作としてお楽しみください。

                  第一章 色彩

 小池沙織は、今年三十歳になり、某建築会社でOLをしている。最近になって自分のことをよく気にするようになってきたが、二十歳代前半までは、あまり自分のことを気にすることはなかった。
 かといって、他人が気になるというわけではなく、むしろ一人が多かった。一人でいても、自分のことを意識することもなければ、人のことを意識するわけではない、今から思えば、
「私は一体何を考えていたんだろう?」
 と、自分でも不思議に思うが、絶えず何かを考えていたように思えるから不思議である。
――考えていることが、正確に記憶されるわけではない――
 最近、沙織はそう感じるようになっていた。
 確かにいろいろ考えていると、その時でまったく違うことを考えているようだが、それは夢を見る時と同じではないかと思うことがあった。
 夢であれば、次の日にまったく違うことをイメージしてもそれは当たり前のことであり、夢を覚えていないのと同じで、その時に何かを考えていたかなど、その時々で違っているものを、そう重ねて覚えていることも難しいだろう。
 しかし、夢を見ていて、時々感じるのは、
――本当に「夢の続きを見ていないのだろうか?
 と考えることがあった。
 夢は目が覚めるにしたがって忘れていくものだという意識はなかったが、その理由について考えたことはなかった。今考えてみると、
――夢を覚えられないのは、夢に繋がりがないことへの辻褄を自分の中で合わせるために考えていることではないのだろうか?
 ということであった。
 考えが他の人と違ったり、自分の中で理屈がすぐには分かりかねる時というのは、自分の中で無意識に辻褄を合わせようとしている時なのではないかと思うのだった。
 沙織は、仕事をしている時は、あまり余計なことを意識しないようにしている。下手な先入観を持つと、仕事をする上で邪魔になってしまい、仕事の進行を妨げることになりかねないからだ。
 最初の一年くらいは、覚えるのに必死だった。もちろん、余計なことを考える暇もない。二年目以降、慣れてくると、どうしても余計なことを考えてしまった。
 考えるだけでは気が済まず、相手が上司であろうと、自分の意見を述べなければ我慢ができなかった。
 しかも、自分で自信を持って考えたことだったりすると、まるで鬼の首でも取ったかのように、自信満々で話をする。相手が誰であれ、その態度は、いかにも高飛車であっただろう。
 あまり深く考えることのない沙織は、まわりから胡散臭く見られていることにも気付かずに、一生懸命に熱弁をふるっていたことだろう。
 沙織は、会社の中で浮いていたのかも知れない。一年目には、いろいろ合コンにも誘われたりしたが、二年目からはあまり誘われなくもなった。沙織自身は、
「それならそれでいい」
 と思うようになっていた。
 別に友達がいなくても孤独だとは感じないようになっていた。それは二年目のある日、一人の男性を気にするようになったからのことだった。
 自分の好みとは少し違った男性で、話をしたこともない相手だったのだが、なぜか気になる人だった。
 いつも通勤電車の中で見かける人なのだが、相手も沙織を意識しているのかどうか分からない。
 その人は、いつも扉近くに立っていて、ずっと扉から流れる車窓を眺めている。
 何を考えているのか分からないが、表の景色に対しては、いつもその視線は真剣な感じがした。
「毎日、同じ景色のはずなのに、何をそんなに必死に眺めているのかしら?」
 車内の方がよほど毎日違っているので、真剣な観察という意味では、車内を見渡した方がいいように思うのに、実に不思議な感覚だった。
 その人と目が合ったことがあった。思わずビックリして、瞬時に視線を逸らしたが、その人は沙織から視線を逸らそうとはしない。まったく表情を変えずに数秒見つめられたが、何かに追いつめられたような気がするくらい、目を逸らすことができなくなった。
 その人は、何事もなかったかのように視線を切ったが、その瞬間から、沙織は彼から浴びた視線をしばらく忘れることができなかった。
 電車は、何事もなかったかのように沙織の降りる駅に到着し、彼の視線を正面に浴びながら、そこを横切っていかなければならなかった。
――身を斬られるような思い――
 人の視線を浴びるということに痛みを感じるというのが、本当のことだったというのを初めて知ったのだった。
 沙織は通学の時からそうだったが、一つの場所が決まれば、いつも同じ車両の同じ場所に乗ることにしている。別に他の場所で悪いというわけではないのだが、決まったパターンを変えるということは嫌いだった。それが、もし偶然や無意識にであっても同じことである。沙織にとって身についてしまったパターンは、そのまま生活の一部になっていくのだった。
――彼も同じなのかも知れないわ――
 同じような人は、沙織が感じているよりもたくさんいるに違いない。
 沙織が彼の視線を感じてからというもの。自分にいろいろなパターンが存在することに次第に気付いていった。
 もちろん、同じ車両の同じ場所に乗るというのは、律儀なところがあるからなのか、何かのジンクスを感じていて、急に変えることを自分から拒んでしまっているからなのか分からないが、一つのパターンの元に暮らしていることを意識するのに変わりがないことを自覚していたのだ。
 沙織が、自分のパターンの中に色を感じるようになったのは、その人と視線を合わせてからのことだった。
 男性に見つめられたことがなかったわけではない。もっと間近で見つめられたことも今までにはあった。それなのに、遠くもなく近くもないという適度な距離で見つめられたのに、こんなの胸の鼓動が激しかったのは、
――それだけ彼に目力があったからなのか、それとも、距離が適度過ぎて、遠すぎず近すぎない距離が、ちょうど、感情に嵌りこむきっかけを招いたのかも知れない――
 と感じたのも、どちらかであろう。
 結論からいうと、後者であった。
 彼は、しばらくすると、同じ電車に乗ることはなくなり、どこに行ったのか分からなくなっていた。
――いなくなって、その人の大きさを感じる――
 恋をしたりすると、そういう感情になったりするというが、沙織の場合は、追いかけるような気持ちもなければ、
――いないならいないで仕方がないか――
 と、感じていた。
 さすがに見かけなくなって最初の数日は、
「訳の分からない大きな穴を感じる」
 と思い、それが彼に対してのものだということを意識していたが、それもすぐに、いないことへの辛さではないことに気付いていた。
 彼が絶対に私の目の前にいなければいけない存在だというわけではなかった。
――いないならいいないで仕方がない――
 と思いながらも、同じ電車に乗っていて、彼がいないその場所を見つめていると、胸の鼓動が、何やら胸騒ぎのようなものに変わっていた。