③残念王子と闇のマル(追項有10/8)
王妃の正体と真相
「そういえばさ、麻流。」
素早く忍服から王族の服へ着替えた頭領…父上が私をふり返る。
「期限が夕方って…星一族をバカにしてんの?それともおまえ自身がその程度の仕事しかできねーってことなの?」
鋭い視線で父上に睨まれ、私は慌ててその前に跪いた。
「いえ…、国からこちらへ来て頂く時間も含め、そのくらい必要かと…。」
「カレンの護衛なんて、最近ぬるい仕事しかしてねーから見誤んだよ。今回の獣も、以前のおまえなら考えられねー失策じゃね?」
父上に叱られ、私は深く頭を下げる。
(たしかに…。)
任務から離れて2年…勘が鈍ったと言われても仕方がない。
「んで、あとこれ。この程度の依頼に、多すぎだから。」
父上は、理巧に渡していたお金の袋を私の前に置く。
「…全額返金ですか?」
驚いて父上を見上げると、父上はその切れ長の黒水晶の瞳を三日月に細めた。
「今回の依頼は、花の都女王からも来てさ。そっちのが早かったから。」
(嘘だ…。)
母上からの依頼が、私より早いはずがない。
私は両親の愛情に胸が熱くなりながら、再度深く頭を下げた。
そんな私を優しく見つめながら、父上は左耳に母上の金のピアスをつける。
「頭領。」
父上とよく似た艶やかな低い声にそちらを見ると、私が叱られている間に、理巧がゲキ達を連れてきていた。
「…『頭領』じゃねーだろ。」
背筋が凍るほど冷ややかで厳しい声色に、理巧が体を震わせる。
「は…父上。」
忍服を脱いだら、もう『頭領』と呼んではいけないのだ。
父上と同じアルミのマスクをつけた理巧が、そっと目を伏せる。
「ったく、しっかりしろよなー。」
父上は私と理巧の頭を乱暴に掻き回し、ゲキたちをふり返った。
彼らと一瞬視線を交わした後、父上はその後ろに控える烏に、私達3人の忍刀を渡す。
アルミのマスクで顔半分を覆ってはいるものの、それでは隠しきれない色気と美しさを持った父上と理巧に、ゲキ達は心を奪われたようにジッと二人を見つめていた。
そんなゲキ達の前に仁王立ちすると、父上は真っ直ぐに彼らを見下ろす。
『俺は、花の都王配、空。』
すると、理巧もその隣に立った。
『第2王子、理巧。』
その瞬間、ゲキ達の目の色がかわる。
(自白の術だ。)
父上は、視線ひとつで色んな種類の心惑いの術を使い分ける。
この父上にかかったら…上忍の私でも簡単に術中に堕ちてしまう。
父上ほどではないけれど、理巧も父上ゆずりの力を持ち、心惑いの術を使いこなす。
二人揃っている今、たとえ複数人いても一瞬で全員に心惑いの術をかけることができる。
父上はゲキ達の前に屈むと、ひとりひとりとゆっくり視線を交わしながら、低い艶やかな声により色気を込めた。
『今から、香りの都の王と王妃の前へ行く。俺が合図したら、王妃について知っていることを洗いざらい話しな。』
瞬きもせずに、ゲキ達は父上を見つめる。
『合図ば知ってる?゙だ。』
ゲキ達が虚ろな目付きで、ゆっくりと頷いた。
父上がチラリと理巧を見上げると、理巧は5人の縄を解く。
『行くよ。』
父上が立ち上がると、操り人形のようにゲキ達もふらりと立ち上がった。
私の毒手裏剣で意識を失っていた騎士は、まだ自力で立つことができないようで、烏が肩を貸して立ち上がらせる。
その横で、理巧が死んだ獣を背負って立ち上がった。
「300kgはありそうなのに…あんな華奢な身体で凄いな…。」
カレンがため息をつきながら私をふり返り、笑顔を見せる。
「絶対、敵にまわしたくない♡」
おどけた言い方に、私も思わず笑みをこぼした。
(カレンは、本当に可愛いなぁ。)
「大丈夫?」
私に手を差し出しながら、カレンが小首を傾げる。
「父上の傷薬のおかげで、問題ありません。」
優しいその手を取ると、カレンは柔らかく微笑んだ。
『案内して。』
父上の指示にゲキは頷くと、先頭を歩いて私たちを導く。
そうしてゾロゾロと廊下を歩いていると、女官や侍従達が皆、驚いてこちらを見た。
父上が、そのひとりひとりと視線を合わせると、途端に皆、うっとりとした表情になり、誰一人騒ぐことはない。
王妃の私室から出て、広い廊下を突き当たったところにある大きな扉の前でゲキは立ち止まり、迷いなくノックした。
『王様、近衛第5小隊長のゲキでございます。』
通常、小隊長クラスでは王様に拝謁すら叶わない。
それが私室まで直接来るなど、考えられないことだ。
数秒間が空いて、中から王様の不機嫌な声がした。
『何用だ。』
父上の術中にあるゲキは、その威圧的な声色にも怯まず言葉を続ける。
『花の都のご夫君と王子様を、ご案内致しました。』
『…なんだと?』
すぐに扉が開く。
王様は怪訝な顔で出てきたけれど、カレンがいることに驚いた。
『おまえ…?』
言いながら、父上と理巧を見て更に目を見開く。
『こ…これは…。』
『正式な訪問ではないので、こちらで話をさせて頂きたい。』
理巧の言葉に、二人の王家の紋章を確認した王様は、戸惑いながら頷いた。
『どうぞ。』
王様の許しを得て私室へ入ると、王妃も奥の部屋から出てきたところだった。
『おまえ達は控えよ。』
王様は、ゲキ達5人の入室を拒む。
『悪いが、同席を許してほしい。』
父上がすかさず言うと、王様は怪訝な顔をしながら仕方なく受け入れた。
王妃は理巧が背負っている獣を見て、顔を蒼白にする。
理巧はそんな王妃を一瞥すると、その場に獣をおろした。
『突然の非公式での訪問、まずはお詫びする。』
父上は王様と一定の距離を保った位置で、立ち止まる。
『改めて、私は花の都王配、空。そしてこの銀髪は我が第2王子、理巧。黒髪は第1王女、麻流。その金髪はおとぎの国の『次期国王』であり『我が第1王女の婚約者』でもあるカレン王子…はご存知か。』
次期国王や婚約者の部分に力をこめて言いながら、父上は切れ長の黒水晶の瞳を三日月に細めた。
その父上の威圧感と皮肉に、王様は表情を強ばらせる。
香りの都の王様のほうが随分年上だけれど、父上の威圧感は凄まじく、格の違いをまざまざと見せつけた。
花の都は、それなりに豊かではあるけれど元々は国土が狭く、特に秀でたところのない小国だった。
しかも母上が王位を継承した頃は、王族の暗殺が連続して起き、内政も外交も非常に不安定で統治に苦労されたと聞く。
それをこの20年ちょっとで内政を安定させ、有数の民主主義国家にしたのはひとえに父上と母上の才覚によるものだ。
更に、花の都は永世中立国になり、父上のおかげで非常に強い軍事力を持ったこともあり、経済的には秀でて豊かではないけれど世界の中でも一目置かれている。
そんな国の王配と王子が突然現れたことで、香りの都の王様は明らかに動揺していた。
『お初にお目にかかります。香りの都王、ザイールです。これは妃のターナ。…ソラ様のお噂はかねがね…。』
父上の放つオーラに気後れしているのか、王様の声は若干ふるえており、先程カレンを軟禁しようとした時の威圧感は全くない。
作品名:③残念王子と闇のマル(追項有10/8) 作家名:しずか