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③残念王子と闇のマル(追項有10/8)

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闇のマル


城のまわりを囲む森へ向かうと、闇夜に融けるようにひとりの忍が立っていた。

銀髪が月の光と重なり、その場にたたずむ姿は華奢で、まだ16歳らしいあどけなさがある。

けれど父上譲りの切れ長の黒水晶の瞳は氷のように冷ややかに冴えわたり、なんの感情も浮かんでいなかった。

「理巧。」

私が少し離れたところに降り立つと、理巧が無言でふり返る。

「あの後も、ずっと傍にいたんだ?」

言いながら私が手を天に掲げると、そこに風が降り立った。

「風も、ありがとね。」

頭を撫でてやると、風はその大きな瞳を細める。

「今回はちゃんと頭領からの命令。」

理巧がようやく口を開いた。

その声は、父上に似て艶やかだった。

私はくすりと笑うと、風を撫でながら理巧に少し近づく。

「風を貸してくれる?香りの国から知らせが行く前に、カレンのことをおとぎの国の王様に伝えるから。あ…、頭領にはつなぎ済み?」

色術にかからないよう一定の距離を保ちながら理巧に訊ねると、小さく頷いた。

「じゃあ話が早い。依頼主は、カレン王子の婚約者マル。依頼内容は、香りの国王妃の出自と王妃になってからの各国王族との関わりについて調べること。期限は明日日没まで。情報と証拠の受け渡しは、ここ。」

私は、お金の袋を理巧に渡す。

理巧はそれを懐へしまうと、そのまま闇に融けるように姿を消した。

「風!」

理巧を追って翔び去ろうとする風を呼び止める。

「これを、おとぎの国の王様へ。」

私は風の脚に手紙をくくりつけると、風は小さく鳴いて翔び去った。

「よし。」

気合いを入れると、私は城内へ戻る。

カレンの処遇を確認しに天井裏を伝って部屋へ向かう。

夜中にも関わらず、城内は人の気配に満ちていた。

(カレンのことで、城内が騒然としてるんだ…。この混乱なら、情報を収集しやすい。)

その時、廊下を歩く女官の声が聞こえてきた。

『ほんとにこんなことして、大丈夫なのかしら。』

『だってあの王子様、どう見ても女性に困ってなさそうなのに。』

『しかも婚約者までいるのに、わざわざあんな年増に手を出さないでしょ。』

『今回は、無理があるよね。』

『今までみたいに、示談金で済むのかしら…。』

(ふーん。示談金目当てか…。やっぱり美人局じゃん。ってか、何回も過去にやってんだ。なら話は早い。)

私はその場を離れ、また天井裏を伝っていると、騎士達の声がする。

(ここは…ゲキ隊の部屋か…。)

『隊長…あの従者、どこ行ったんですかね。』

『薬…効いてなかったのかな…。』

『…実は俺、怖い話を耳にしたんだけど…。あの従者、実は、王子様の婚約者なんだって?』

『マジか!やっぱり女だったんだ!でもじゃあなんで、従者って…』

『しかもあいつ…、花の都の王女様らしいぞ…。』

『は…花の都!?』

『…ヤバイんじゃね?今回…。』

『え?なんで?』

『バカ、おまえ!花の都って言やぁ忍だろ!』

『ここから姿消したってことは、あいつ…』

そこまで聞いて、私はその場にストンと飛び降りた。

『うわぁぁぁぁぁ!!!』

とたんに、騎士達が悲鳴をあげて飛び退く。

5人の中心に私は忍姿で音もなく降り立つと、全員をぐるりと見回した。

『…薬ほんとは効いてなかったんですね…。』

ゲキが、声を少し震わせる。

『すみません。解毒しました。』

私は頭を下げながら、マスクを顎の下に押し下げた。

『皆さんの噂通り、私はカレンの婚約者であり、花の都第一王女で、忍です。』

5人の顔が強ばる。

『王妃様のご意向で、香りの都滞在中は従者として過ごすことになりました。なぜ従者にされたのか疑問に思っていたのですが、私がカレンの傍にいると不都合だったから、ということなんですよね。』

鋭い視線を騎士達に向けると、一斉に目を逸らされた。

『王妃様のことについて教えて頂けたら、あなた方に薬を盛られたことは不問に付します。』

『不問に…って、教えなかったらどうするつもりですか。』

ゲキが微かに眉間に皺を寄せる。

その瞬間、私は背中の忍刀を抜いてその喉元に突きつけた。

『我々忍は、拷問が得意なんです。』

『拷問…?』

ゲキは掠れた声で問い返しながら、小刻みに体が震え始めた騎士達を背中に庇う。

しかし、騎士の一人が扉へ向かって走った。

私はその騎士の足元に、容赦なくクナイを打ち込む。

『ひっ…。』

『我々、星一族は薬の精製にも長けていますので、そのクナイの先にも猛毒を塗っています。ちょっとでも傷がつけば、即死ですよ。』

にっこりと笑うと、騎士たちがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。

『…はっ、そんなの、脅しだろ?』

ゲキが挑戦的な光を瞳に宿して、私を睨む。

『俺たちの誰かを死なせでもしたら、それこそ国際問題だ。そんなこと、できるわけない。』

その主張に、思わず私は声を立てて笑ってしまった。

『あ、ごめんなさい。あまりにも忍をご存知ないので、思わず笑ってしまいました。』

私は忍刀の先で、ゲキの喉元を軽く突いた。

突いた先から、真っ赤な血が滴り落ちる。

『我々は、痕跡を一切残さない。もちろん、拷問した後は全て痕跡を消します。命の存在も、その命の痕跡も全て。…試してみますか?』

ゲキを冷ややかな笑顔で見つめた後、私は扉の近くに逃げた騎士に毒手裏剣を放った。

肩の薄皮一枚掠めて扉へ刺さった手裏剣を、全員が見つめた、その直後。

『ぐっぁっ!』

肩に毒手裏剣を受けた騎士が喉を押さえて苦しみ始め、床へ倒れ込んだ。

とたんに、体が痙攣し始める。

『血が滲む程度のかすり傷でも、こうなります。』

私が首を傾げて、ゲキと視線を交わすと、騎士達がパニックを起こす。

『彼がこのまま死ねば、私はその遺体を細かく切り刻んで、焼却した上で埋めるだけです。そうすれば、彼の存在全て消せますから。』

ゲキの額から、汗が滴り落ちる。

『今なら、この解毒薬で助けられますけど…』

『わかった!知ってること全て話すから、王妃様についてもなんでも全て話すから、助けてやってくれ!!』

ゲキが私に縋りついてきた。

『かしこまりました。』

私はニコッと笑うと、痙攣する騎士の口へ薬を入れる。

数秒後、痙攣がおさまり呼吸が落ち着き始める。

私は忍刀を背中の鞘におさめ、放ったクナイと手裏剣を回収した。

『じゃあ、教えて頂きましょうか。王妃様のこと。』

解毒したけれどまだ意識がない騎士の傍へ私は座ると、4人に笑顔を向ける。

その騎士を人質に、私は彼らが知りうる限りの情報を聞き出した。

(私は、カレンを守るためなら、闇の深淵に再び堕ちてもいい。元の冷酷な忍に戻ってでも、必ずカレンを守ってみせる!)