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③残念王子と闇のマル(追項有10/8)

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私は頭を下げて、荷物を置いた。

『水、飲みます?食事は?軽食ならありますよ。』

親切に訊いてくれるゲキに、私は微笑みを返す。

『頂きます。』

私はゲキから水とパンを受け取り、ベッドに腰かけて食べ始めた。

そして水を一口飲んだ瞬間、水からも強烈な甘い香りがし、頭がくらりとする。

『…あ、の…この水、何か…?』

強烈な目眩と共に、ふわふわとした心地良い浮遊感に襲われた。

『すみませんね、ある方の命で、ちょっと細工させて頂きました。』

『さ…く?』

私はベッドに倒れ込みながら、ゲキを見た。

『大丈夫、きみには手は出さない。ただこのままおとなしく、朝まで眠ってくれていたら良いとのことだったので。』

(!?)

私は朦朧とする意識の中、万が一に備えて常に奥歯に仕込んでいたカプセルを噛み砕く。

これは、薬の精製に長けた星一族の秘薬のひとつで、どんな毒薬でも解毒する薬が入っている。

昨日、父上が飲ませてくれたのも、この薬だ。

この水の後味から、仕込まれていたのは麻薬に近いものだと思う。

もしかしたら、あの甘い香りは麻薬の一種だったのかもしれない。

だからこの城に入ってカレンの様子が変わったのかも…。

(いつも以上に求めてきてたし、感情の制御がきいていなかったし…。)

となると、先程の酔ったような様子は…。

(とりあえず、薬が効いて眠ったふりをしよう。)

私は解毒したのを誤魔化すために、そのまま目を瞑った。

『…眠りました?』

複数の足音が降りて、近づいてくる気配がする。

『ああ。…王妃様の言われる通りしたけれど…こんなことして国際問題にならないんだろうか…。』

ゲキの不安そうな声がする。

(やはり、王妃か。)

『…でも、王妃様に逆らえないし…仕方ないですよ。』

『なんか、あの王妃様が来てから、王様も変わられたよな。』

『政への熱意が感じられない…。』

『おい!余計なこと、言うな!さ、もう寝よう。ほら、おまえら戻れ!』

ゲキの声と共に、複数の気配が離れていく。

『しかし、王子の従者がこんな子どもひとりなんてな。女みたいな顔してるしさ。』

『こんなのが護衛なんて、おとぎの国って大丈夫なのか?』

『はいはい、いいから!灯り消すぞ!!』

言葉と共に、瞼の裏も暗くなった。

そしてしばらくすると、それぞれのベッドからイビキや寝息が聞こえ始める。

(1、2、3、4…5。)

5人の寝息を確認して、そっと身を起こした。

私は従者の服を脱ぐと、忍の装束に着替え、暗器と忍刀を装備し、万が一に備え荷物も持ってそっと部屋を抜け出す。

天井裏を伝いながら、カレンの部屋へ辿り着いた。

わざわざ私の動きを封じて、王妃様はなにをしようというのか…。

晩餐会の様子から考えて、嫌な予感がしてならない。

私はリビングに静かに降り立った。

リビングの灯りは、消えている。

けれど、私が用意していた安眠を促すバレリアンティーにも手をつけたあとがなく、スリッパも寝間着もそのまま置いてあった。

(戻っていないの?)

私は浴室やお手洗いも確認するけれど、カレンが使った痕跡がない。

残る寝室にそっと近づき、扉に手をかける。

その時、中から声が聞こえた。

それは女性の喘ぎ声…。

(!)

私は、扉を思いきり開け放った。

強烈な甘い香りと共に視界にとびこんできたのは…想像通りの光景で…。

でも、辛うじてまだ二人とも服を着ていたのが幸いだった。

「カレン。」

私が声を掛けると、カレンがビクリと体を震わせ、私をふり返る。

その瞳は虚ろで、明らかに薬の影響を受けていた。

「…?…マル?…マルが、二人…?」

(やっぱり…!)

私は口の中の解毒薬のカプセルを噛み砕くと、カレンの後頭部を掴み、深く口づける。

口の中で薬をカレンにしっかり含ませると、だんだんとカレンの意識が元に戻ってきたようだ。

唇を離すと、私はカレンに忍用のマスクを素早くつけた。

このマスクは、空気中の麻薬や毒の成分も8~9割防ぐことができる。

『王妃様、これは美人局(つつもたせ)でもなさるおつもりでしたか?』

ベッド上の王妃を見つめて、冷ややかに言うと王妃ははだけた胸元を隠そうともせずに不敵に微笑む。

『カレン王子に、無理矢理襲われたのだ。公にすれば』

『公にして、良いのですね。』

その言葉を遮り、私はベッドから降りてきたカレンを背中に庇いながら鋭く睨んだ。

『まず、あなたは今現在、分が悪いのはおわかりですか?』

王妃が目を見張る。

『あなたの部屋にカレンがいたのなら、カレンがあなたを襲ったという言い訳は立つでしょう。でも、あなたはカレンの部屋にいる。』

『王子に無理矢理連れ込まれたのだ!』

王妃が叫ぶ。

『では、誰かが争う様子や声を聞いているはずですね。』

私が冷ややかに微笑むと、王妃が唇を噛む。

『カレンが一人で部屋へ戻ることは、考えられない。晩餐会から部屋へ戻るまで、女官が付き添っていたはずです。』

私はカレンをふり返り、訊ねた。

『違いますか?』

すると、カレンは小さく頷く。

『そんなに飲んだつもりはなかったけど、なんだか酔っぱらったみたいになって…部屋まで案内してくれた女官に頼んで、マルを呼びに行ってもらったんだ。マルが来るまでベッドで寝んでいようと寝室の扉を開けてからが…記憶が曖昧…。マルが来たと思って…。』

私は王妃を見据えると、ベッドの下に跪いた。

『私は忍です。私が本気を出せば、あなた様の色々なことがすぐにわかります。…調べさせて頂いて、良いですか?』

王妃は私を鋭く見つめると、ニヤリと不敵に口の端を歪める。

『どうぞ。』

そして、妖艶にカレンを見つめて微笑んだ。

『どちらの言うことを王様が信じるか、試してみれば?』

そして、胸元をはだけさせたまま寝室を出ると、リビングに入る。

その瞬間。

『きゃああああ!助けて!誰かっ!』

王妃が悲鳴をあげた。

そして辺りの物を倒し、胸元を更に引きちぎる。

『王子様!やめて!!』

ひとりで騒ぐ彼女を見て、カレンが私の肩を掴む。

「どうすんの、これ。」

青い顔で呆然と王妃の様子を見つめるカレンを安心させようと、私は肩に乗せられた手を握り返した。

「大丈夫です。必ず、あなたの身の潔白を証明してみせるから。」

バタバタと人が集まる気配を感じ、私はカレンの服を整え、ベッドサイドに転がっていたブーツを履かせる。

「しばらく忍に戻って、お側を離れることを許してくれますか?」

カレンに向き合ってその顔を見上げると、カレンは切なそうに私の忍姿を見つめ、微笑んだ。

「ん。」

私はカレンに背伸びして口づける。

「王様は、薬漬けの可能性が高いです。王様の解毒をしていきますが、またすぐ元に戻るので解毒されている間に潔白を主張してくださいね。それから、これ。」

カレンに薬袋からカプセルを二つ渡しながら、その頬を撫でた。

「奥歯にひとつずつ仕込んでおいてください。万能解毒薬なので、何かあったらひとつ噛み砕いてくださいね。あと、マスクも外さないように。」