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③残念王子と闇のマル(追項有10/8)

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謀略


外が薄暗くなってきた。

(そろそろ起こすか…。)

私は、眠るカレンの傍で整えていた晩餐会の衣装をテーブルに置く。

カレンに掛けた掛け布団をたたみながら、うつ伏せに眠る彼の背中をそっと撫でた。

「カレン、起きてください。晩餐会の時間です。」

「…ん…。」

金色の長い睫毛をふるわせて、美しく弧を描いた瞼が開く。

「具合はいかがですか?」

カレンは、ぼんやりとした瞳で私を見た。

「…なんか…もやもやする…。」

いつもより低めの声で言うと、仰向けになって頭に腕を乗せる。

「もうひとつ、薬を飲みましょう。」

私が差し出した薬を一瞥したカレンは、薬を持つ私の手首を掴んで引き寄せた。

カレンは胸に倒れ込んだ私をもう一方の腕できつく抱きしめると、薬を持つ手を自分の口に運ぶ。

そして前歯でそれを噛むと、私の後頭部を引き寄せ口づけた。

舌で私の口の中に薬を押し込んで、妖艶に微笑む。

「マル、飲ませて。」

甘えるように潤んだ瞳で言われ、私の頬は一気に熱を持った。

「ね、晩餐会がんばれるように…おねがい。」

色気たっぷりに言われ、肌が粟立つ。

私は小さく頷くと水を口に含んでカレンへ顔を近づけた。

カレンは性急にその私の後頭部を引き寄せると、抱きしめながら深く口づけてくる。

そして、ゴクリと喉を鳴らして薬を飲み込んだ。

私が体を起こそうとするも、カレンは腕に力を込めてそれを止め、唇を少しだけ離す。

「もっと…マルが、足りない…。」

言いながら、再び舌を絡めてくる。

舌の動きが妖艶で、体の芯に甘い痺れが走る。

「ん…。」

お互いに甘い声がため息のように漏れ、どんどん口づけが深まり溺れていく。

「…レン、…晩餐会…」

頭の芯まで痺れ、カレンの与える快感に全てを委ねたくなるけれど、なんとか理性でそれを押し留めようとした。

カレンはそんな私の頬にかぶりつくと、耳朶を舌で舐めあげる。

「マル…マルが足りないよ…。」

言いながら背中を撫でられ、全てを受け入れたくなる。

でも、そうもいかない。

「ひとりで晩餐会行って、ひとりでこの部屋に帰って来て、ひとりで眠るなんて…耐えられないよ…。」

(晩餐会には、『従者』は入れないから…。)

私の胸に顔を埋めながら甘えるカレンを、私は抱きしめた。

「大丈夫、晩餐会の時、姿は見えなくてもカレンの傍にいますから。」

カレンは私の胸元をはだけさせると、そこに口づけた。

「夜は?こっそり、来れないの?」

私はカレンの頭を撫でると、冠を乗せる。

「騎士の部屋にいないと、妙な疑惑をかけられそうですし。そうなると、外交関係にヒビが入りますから。」

言いながら、カレンの耳にピアスをつけた。

「でも、ちょこちょこ天井裏などから見に来ますので、何か用事があるときは呼んでください。」

カレンの額に口づけると体を離し、晩餐会用の上着を着せる。

「明後日には、次の国へ移動するんでしょう?今夜と明日、2日間の我慢ですよ。」

その時、扉をノックする音が響いた。

私は慌ててカレンから離れるとはだけた服を整える。

カレンが名残惜しそうに私の手を握って、手の甲に口づけながら返事をする。

『はい、どうぞ。』

お迎えの女官が部屋へ入って来ると同時に、カレンは指輪をつけながら椅子から立ち上がった。

わたしはそんなカレンにブーツを履かせ、そっと背中を押した。

「いってらっしゃいませ。」

笑顔で見送る私に、カレンは寂しげな笑顔を返し、部屋を出て行った。


目の前で、重厚な音を立てて扉が閉まる。

とたんにシンと静まり返る、広い部屋。

先程まであったぬくもりの余韻が、やけに残る。

それが余計、寂しさを助長した。

(これは…カレン、寂しいかも…。)

カレンに口付けられた胸元に、そっと触れる。

もうこれで、今日は顔を会わせることはできない。

(皆が寝静まったら、様子を見に来よう。)

そう決心して、私は天井裏に上がった。

そして、晩餐会の会場へ向かう。

会場が近づくにつれ、甘い香りが強くなる。

(これは、カレンの寝室の香りと同じもの…。)

私はポケットからマスクを取り出した。

黒いマスクで口許を覆いながら、晩餐会の様子を眺める。

カレンは、完璧なテーブルマナーで王族の方々と歓談している。

(頑張れ、カレン。)

そんなカレンの左隣は王様、右隣には王妃様が座っていた。

(普通、王妃様は王様の隣に控えない?)

なんだか嫌な感じを受けながら、私は天井裏からカレンを見守る。

王妃様はカレンの腕に触れたり、お酌をしたりして、なんだか媚びているようにみえた。

(王妃ともあろう人の振る舞いでないな…。そう、まるで娼婦のような…。)

私は思わず殺気を放ってしまう。

その殺気を感じ取ったのか、カレンが、チラリと私の方を見上げた。

「…。」

私の姿は見えないはずなのに、視線が交じる。

その瞬間、カレンは口角を上げて、エメラルドグリーンの瞳を半月にした。

「!」

(ここにいるの、わかったの!?)

おとぎの国の王様も、正確に私の場所をとらえていた。

他国に比べ、国民総生産が低いおとぎの国。

それは王族の統治能力が低いからだと思っていたけれど、そうでないのかもしれない。

私たち忍の気配をとらえることは、容易でない。

事実、忍として色んな任務に就いてきたけれど、今までそんなことはなかった。

カレンだって、国にいた頃は私の気配なんて感じとることはなかった。

けれどこの数日で、それができるようになるくらい、カレンは成長したのだ。

もしかしたら、王様もそういうカレンのような武者修行のような経験をしたことがあるのかもしれない。

だから、今回もさして反対せず、送り出してくれたのかも…。

実は、王様も色々と国のことを考えて努力してこられていたのかもしれない。

(統治能力が低い、なんてディスって悪かったな。)

今までの自分を反省していると、晩餐会がお開きになる。

カレンはもう一度私を見上げると、優しく微笑んだ。

(顔が、赤い…。目もすわって…もしかして酔ってる?)

足元も、少しふらついているように見える。

(そんなに飲んでなかったけど…度数が強かったのかな?…それとも…。)

なんとなく嫌な予感がしたけれど、いったん騎士の部屋に戻らなければ怪しまれてしまう。

私は急いでカレンの部屋へ行き、カレンの寝仕度を再度確認した後、騎士の部屋に向かった。

教えられた部屋の扉をノックして開けると、そこには5人の騎士が二段ベッドにいた。

『おとぎの国王子の従者、マルです。2日間、お世話になります。』

挨拶をすると、それぞれが私を見て会釈をする。

私も会釈を返しながら扉を閉めると、ひとりの騎士がベッドから降りてきた。

『俺はこの小隊長をしている、ゲキです。』

言いながら、右手を差し出してくる。

私は軽く微笑んで、握手を交わした。

『…きみの場所は、ここ。』

部屋の一番奥にある二段ベッドの空いていた下の段に、ゲキが案内してくれる。

『ありがとうございます。』