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③残念王子と闇のマル(追項有10/8)

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(…それにしても、父上はいつの間に、私があの水に中和薬を仕込んだことを知ったのだろう?)

我が父ながら、改めてその忍としての能力の高さと恐ろしさを感じ、背筋がぞくりと震えた。

(次期頭領候補だったけれど…到底この足元にも及ばない…私なんかが頭領にならなくて本当に良かった。)

「理巧。」

父上に促され、理巧もマスクを外す。

(理巧まで…?どうするつもり?)

同じことを考えたのか、カレンが私をそっとふり返った。

けれど、私も父上の意図がわからないので小さく首を左右にふる。

(父上だけでも十分危険なのに、理巧まで加えたらあの中和薬入りの水ではとても王様を守れない…。)

そんな不安を感じた時には、王妃の瞳は箍が外れたように怪しい熱を帯びていた。

王様は、今のところまだしっかりしている。

『ターナ王妃。』

父上が低い艶やかな声で名前を呼ぶと、王妃は身体を震わせて、頬を紅潮させた。

『真実を、そろそろ話しな?』

マスクを外した父上の声は、背中越しでも私の体の奥をザラリと撫で上げ、甘い痺れをもたらし肌が粟立つ。

父上から2メートルほどの距離があるとはいえ、その視線を正面から受け直接この声を聞いてしまった王妃は、既に悦楽の表情を浮かべていた。

『…ターナ?』

中和薬入りの水を飲んでいる王様は父上の色術にかかっていないので、王妃の急変に驚きを隠せない。

『何の目的で、今までこのような事を?』

父上よりも術力が弱い理巧が、言葉を続けた。

これ以上父上の声を聞かせてしまうと、王妃の精神を破壊する可能性が高いからだ。

(それで理巧にもマスクを…。)

『は…い…。』

浅い呼吸を喘ぐように繰り返しながら、王妃が頷く。

『私は…地の国の…スパイです。』

『なんだと?』

王様が王妃を鋭く睨んだ。

けれど色術にかかっている王妃は、もはや父上と理巧しか見えておらず、王様の怒りにも無反応だった。

『スパイとしての任務を話してください。』

理巧が冷ややかに言うと、王妃は虚ろな瞳でうっとりと理巧を見つめる。

『地の国は…この国を…征服したいのです…。
それで…攻め入る前に国力を削ぎ…かつ…周辺諸国との関係を…悪くさせ…孤立させることを…命じられました…。
私は…まず…王様を媚薬で惑わせ…先の王妃を…毒殺し…王妃の座に…就きました。
そして…訪問した各国の王子も…媚薬で惑わせ…体の関係を持ち…賠償金を得ることで…その国との国交も断つよう…仕向けました…。』

父上はグラスに残っていた水を一気に煽ると、マスクをつける。

『なぜ王でなく、王子なのですか?』

理巧の低く艶やかな声に、王妃は体を震わせる。

『あ…こちらが上の立場でないと…成功しませんし…若い王子のほうが…惑わされやすいので…。』

悦楽の表情を浮かべながら答える王妃の言葉に、父上がチラリとカレンに視線を流す。

「ああ…ゲンキだからね、色々と?」

その瞬間、カレンの横顔がサッと赤くなる。

(耳まで真っ赤…。)

からかわれて赤くなったカレンが可愛くて、思わずくすりと笑いをこぼすとカレンにジロリと睨まれた。

『得た賠償金は、どこへ?』

父上のからかいも、カレンの冷や汗も全て無視した理巧が、淡々と訊ねる。

「マジメだね…。」

父上が肩を竦める前で、王妃は理巧をうっとりと見つめた。

『賠償金は…全て地の国へ…送金しました…』

理巧は小さく頷くと、父上を黙って見つめ指示を仰ぐ。

父上は切れ長の黒水晶の瞳で理巧を見つめ返すと、一度ゆっくりと瞬きをした。

指示を受けた理巧は、マスクをつける。

(終わった…。)

理巧は立ち上がるともう一杯、水を注いで戻ってきた。

『飲んでください。』

未だ色術にかかっている王妃は、素直にそれを受け取って飲む。

ごくりと飲み込むと、みるみるその瞳から妖艶さは失われ、口を手で覆った。

『ターナ…。』

王様の厳しい声色に、王妃は肩をびくりと震わせる。

王様が続けて言葉を発することを遮るかのように、理巧が立ち上がる。

『今聞いた事実についてはおとぎの国、花の都それぞれに我々で報告致します。』

理巧に続いて、父上が立ち上がった。

『軍をひかせるにはどうすれば良いか…わかってるよね。』

父上のつららのような視線に射抜かれて、王様と王妃は身を震わせる。

父上は理巧が扉を開けると、ゲキ達に声をかけた。

『帰るよ。』

父上の言葉に、ゲキ達はゆらりと立ち上がり、烏と共に扉からゾロゾロ出て行く。

それを見送る私とカレンは、父上と目が合った。

すると、父上はその瞳の鋭さを和らげ、三日月に細める。

私とカレンは、感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げた。

再び頭を上げた時には、もう父上の姿はなかった。

理巧は扉から出ながら、ふとこちらをふり向く。

『両国軍共に、明朝には国境へ到着します。』

感情の読めない冷ややかな声色で放たれた言葉に、王様と王妃は顔を蒼白にした。

そんな二人を一瞥した後、理巧はカレンに頭を下げる。

カレンもそれに答えるように、深々と頭を下げた。

そんなカレンを見つめた理巧の、父上によく似た切れ長の黒水晶の瞳が、すっと三日月に細められた。

(笑った?)

そう思った時にはもう無表情に戻っており、理巧は静かに出て行く。

そして、扉が音もなく閉まった。