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③残念王子と闇のマル(追項有10/8)

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エメラルドの光


父上と理巧、ゲキ達が出て行った室内はシンと静まり返る。

王様は呆然とした表情で頭を抱え込み、王妃は蒼白な顔で俯いていた。

カレンはそんな二人をジッと無言で見つめている。

「…。」

私は立ち上がると、王妃の前に跪いた。

『王妃様、私はお訊ねしたはずです。我々忍が調べたら全て明らかになるけれど、良いか…と。』

王妃は目を逸らしたまま、唇を噛み締める。

『なぜ、あの時゙どうぞ゙と言われたのですか?』

私の質問に、王妃は答えない。

『それは、バレても大丈夫って思ったんだよね。』

澄んだ声が、背中から聞こえる。

『媚薬で虜にしている王様は、何を聞かされても自分の味方だと自信があったからだよ。王様さえ味方であれば、真実が暴かれようと自分が認めなければ問題ないと。』

ふり返ると、カレンがいつになく厳しい表情で王妃を見据えていた。

『でしょ?王妃様。』

カレンの言葉に、王妃は鋭い目付きでカレンを睨む。

『まさか、媚薬の効果を消され、自白させられるなんて…。』

掠れた声で悔しげに呟いた王妃を、王様が切ない顔で見つめた。

『本当に…先程の話は…本当なのだな?』

問う声は震え、その表情は今にも泣きそうに見える。

『…もう…終わりです。』

王妃は一瞬だけ王様と視線を交わし、すぐに立ち上がった。

そして、私が座っていた椅子の元へ走る。

『!!ダメ!!』

そこには、烏が置いていった私の忍刀があった。

身を翻し王妃を留めようと手を伸ばそうとするけれど、獣に負わされた傷に鋭い痛みと痺れが走り、私は床へ崩れ落ちる。

「…くっ!」

あまりの痛さにうずくまったその時、私の横を影が走った。

「王妃!」

聞き慣れた澄んだ声に顔を上げると、カレンがソファーへ手を掛けて飛び越えるところだった。

そしてソファーを飛び越えながら、その長い足で王妃が掴んだ忍刀を蹴り飛ばす。

静かな室内に、刀が転がる金属音が響いた。

「なにしてんだ!!」

自国の言葉で、カレンは怒りを露にする。

『全てが露見して…任務に失敗したスパイは生きていられない!!』

王妃がなおも忍刀を掴もうとすると、カレンはその腕を掴みひねりあげた。

『ぅっ!!』

『それは、殺されるということなのか!?それとも、生きていることを許されないと思っているということなのか!?』

苦痛に顔を歪める王妃の顎を掴み、強制的に視線を交わし、カレンは初めて見る鬼の形相で問いかけた。

『…!』

カレンの言葉に、王妃は腕を振りほどこうと暴れていた動きを止める。

『殺されるのなら、逃げればいい。逃げきれないなら、守ってくれる人を頼ればいい。生きていることを許されないと思っているのなら、そんな思い込みは捨て、自分を許して罪を償えばいい。』

『カレン…。』

意外なカレンの言葉に、王妃も私も、王様も驚いた。

『ザイール王は…本当にあなたを愛していたでしょ?その人の目の前で自ら命を断つなんて、絶対にしてはいけないんです。』

カレンは、掴んでいた王妃の腕と顎を解放する。

『これ以上、王様を苦しめてはいけない。』

カレンは王妃の前に跪くと、声を震わせながら言葉を紡いだ。

『あなたがどんな事情でスパイになったのか知らないけど…間違ってしまった道は、生きていればいつでも正しい道へ戻ることができます。それなのに自ら命を絶ってしまうなんて、しかもあなたを心から愛している人の目の前で命を絶ってしまうなんて…そんなことをしたら、あなたを愛している人までも間違った暗闇の道へ引きずり込むことになる。それこそ罪深い…許されないことです!』

カレンは王妃の肩に、優しく手を置く。

『間違えたら、謝ってやり直せばいい。誰かを傷つけてしまったなら、一生を掛けて償えばいい。でも死んで逃げれば、あなたを愛した全ての人を闇に堕とし…あなたを命懸けで産み育てた親の人生も心さえも踏みにじることになる。そして償うべき相手の、憎むことも…許す機会も奪ってしまうんです。』

そこまで一気に言うと、カレンは少し荒い深呼吸をした。

『それに、なによりあなたが幸せにできる人を、地獄へ突き落としてしまうことになる…。』

最後は涙声になって、部屋に響く。

(カレン…。)

私はカレンの目の前で、命を絶とうとした。

そのことを思い出し、改めてどれだけ酷いことをしようとしていたのか思い知り…涙が溢れた。

(ごめんなさい…。)

謝っても…どれだけ謝っても、きっとカレンにつけてしまった心の傷は消えることも癒されることもないだろう。

けれど、今カレンは答えをくれた。

(一生を掛けて償えばいい。)

今になって、わかる。

キースから救出してくれた時、カレンが言った『生きててくれて、ありがとう。』の意味が…。

私は、これからはカレンの為に生き…どんなことがあっても生きていって、カレンが笑顔になれるように努めていこう。

泣きながら決心した私の横で王様がゆらりと立ち上がり、カレンの隣まで歩み寄った。

そしてその場に力が抜けたようにストンと座ると、王妃を抱きしめる。

『カレン王子の言われる通りだ。』

王様に抱きしめられた王妃の瞳から、涙がこぼれ落ちた。

『おまえは、私が守る。だから、これからも二人で共に生きていき、今までの過ちをしっかりと謝って償っていこう。』

王妃はギュッと固く目を閉じると、王様の胸に顔を埋めるように何度も頷く。

そして二人でカレンに向き直ると、手をついて深々と頭を下げた。

『此度のこと…、まことに申し訳ありませんでした…。』

カレンは少しの間二人をジッと見つめていたけれど、軽く息を吐いて柔らかな微笑を浮かべた。

『許したいのですが…今すぐは無理です。』

カレンはその湖のように澄んだエメラルドグリーンの瞳を私へ向けると、立ち上がって傍へ来る。

『今回の出来事は、私の大事な婚約者の心だけでなく、体にも大きな傷を遺しました。一生消えない、大きな傷を…。』

カレンは私をそっと抱き上げると、二人をまっすぐに見た。

『彼女はこれからも傷が疼くたびに…私は彼女の傷を見るたびに…今回のことを鮮明に思い出すでしょう。』

そして、抱き上げている私をその宝石のように曇りのない瞳で、問うようにジッと見つめる。

(許せないけど、謝罪は受け入れよう…。)

カレンがそう言っているように感じ、私はしっかりと頷いて応えた。

すると、カレンが花が開くように美しく微笑む。

カレンは私を優しく抱きしめると、耳元で小さく『ありがとう』と言い、改めて二人へ向き直った。

『許すことはできませんが、私達は、謝罪を受け入れます。』

カレンの言葉を聞いた瞬間、王様と王妃は二人で床に伏すように体を縮め、嗚咽する。

『ありがとう…ありがとうございます!』

カレンは私を抱いたまま二人の前まで歩み寄ると、そっと跪き、王様の手を握った。

そこに言葉はなく、でもその力強い握手は王様の心にきっと光をもたらしたに違いない。

カレンの首に顔を埋めると、私も心の中で改めてカレンに謝った。

(つづく)