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三度目に分裂

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 人と協調しているように見えるが、一人、孤独を感じている人間から見れば、誰もがしょせん、自分のことしか考えていないようにしか見えなかった。
 受験というプロセスは、普段人とつるむことで、孤独や寂しさを感じないようにしようと思っている連中にとって、人生の関門ではないかと思う。
 本当の自分が表に出てくる。プレッシャーに勝てるかどうか、その人の技量が試されている。いつまでもまわりの環境に騙されて、受験へのスイッチが入った人はいいが、入れているつもりで、心の中では、
「人と争いたくない」
 などと、この期に及んで考えている人間の化けの皮が、その時剥げるのだ。
「いい気味だ」
 としか思えない。
 人を欺いてまで、さっさと受験スイッチを入れて、自分だけ悟られないようにグループから抜けてしまい、さらりと受験に成功する連中を見ていると、憎い気もしてくるが、考えてみれば、
「これほど、人間臭いと言える人はいないのではないか」
 と思うと、
「騙される方が悪い」
 という結論に達する。
 もし、信治も自分が孤独という世界を愛するようになっていなければ、騙される側だったことは想像がつく。それだけに騙される側の気持ちも分からなくもないが、もう一人の自分が、
「お前は騙される連中とは、格が違うんだ」
 と言っているように思えてきた。
 格の違いはどうであれ、騙される方が悪いという考えは、最初からあった。
 最初から一人なら、騙されることもないのだ。結局、グループというまわりの人に背負ってもらいたいという甘い考えが、言葉巧みに乗せられて、架けられた梯子に上ったはいいが、気づかない間に梯子を外されて、下りることができなくなってしまった情けない男になってしまうのだ。
 ただ、心の中で、
「人を騙すのは、騙される人よりも、騙す人の方が罪は重い」
 という考えが強くあるのも事実だ。
 考え方と、感じ方とで、それぞれに隔たりがあるのだろうが、それは、大学に入ってからの、
「理想と現実」
 という考えの中で、差が出てくるという理屈でもあった。
 大学生になると、高校時代の夢を見るようになった。
 自分はすでに大学生になっているのに、まわりのクラスメイトはまだ高校生だった。最初は、自分だけが大学生になったことに優越感を感じていたが、どうも雰囲気が違う。自分が大学生になっていることがおかしいようだった。
 一緒に入学した連中には、信治のことが見えていない。高校時代のクラスメイトには見えているようなのだが、見えている信治は、まだ高校生だった。
――自分の夢の中に、もう一人の自分がいるということなのか?
 そう思うと、目の前にもう一人の自分が現れた。
「真田君」
 クラスメイトの女の子から声を掛けられるもう一人の自分、それに答えようともせずに、まったくの無表情の自分は、彼女が見えていないのか、振り向くことさえしない。
――そんな、彼女のことを好きなはずなのに――
 確かに、好きな女の子から声を掛けられると、金縛りに遭ったように何も言えなくなるということはあるのだろうが、その時の信治は、彼女の存在が分かっていないのか、まったくの無反応だった。声を掛けられているということすら分かっていないのではないかと思えるほどだった。
 しかし、彼女の方も、ショックを受けているわけでもない。サラリと踵を返すと、それ以上何も言わずに立ち去っていった。
 ホッとした気分がしたのと同時に、彼女が何も反応しなかったことはどうなのだろう?
 そのままお互いに何もなかったかのようにすれ違っていったが、悪びれた様子はどちらにもない。
 その様子を見て、これが夢の中であることが分かった。むじろ、夢だということに気づかなったことが不思議なくらいだった。
――こんなところで、理想と現実の狭間を見てしまうなんて――
 夢なのだから、現実であるわけはないが、現実に近い夢に思えてならなかった。
 今までにはありえなかったことだが、彼女から声を掛けられるなんて。それこそ夢のような気分になってしまっていた。
――夢の中のもう一人の自分は、本当の自分なのかも知れないな――
 潜在意識が、声を掛けてきた彼女に対して、どうしていいか分からない自分を想像し、理想に近づけているのだとすれば、夢の中での「理想と現実」は、限りなく近いものなのかも知れない。
――夢の中の自分は、何かを考えているのだろうか?
 それは、潜在意識の中に思考が含まれているかということを意味していた。
 夢を見ている自分は、確かに何かを考えている。しかし、夢に出てくる自分は、まったくの無表情であり、何も考えていないように思う。潜在意識の中だけで行動しているので、思考は存在しないという考えが、夢の中での主人公である自分に対して感じた。
――じゃあ、夢を見ていて、今こうやって考えている自分は何なんだ?
 夢と現実の間に存在する、理性であったり、潜在意識であったり、そんな思いが浮かんでいた。肉体が存在しているわけではなく、意識だけが勝手な想像をしているのだ。
 信治は、もう一つ不思議な感覚にとらわれていた、
――夢の世界にもう一人の自分がいるのであれば、現実世界にも、もう一人の自分がいるのかも知れない――
 という思いだ。
 ただ、夢の世界のように、何かができるというわけではなく、誰にもその姿は見えない。存在すら感じない。そんな自分である。
 現実世界のもう一人の自分の存在は、誰にも知られてはいけない。もっとも、現実世界の人間の発想では、もう一人の自分の存在を感じることなどできないだろう。
 その理屈は、今の信治には分かる気がした。
――現実世界で、自分以外のまわりの人の存在を意識している間は、もう一人の自分の存在を知ることなどできない――
 という思いだ。
 孤独や寂しさが嫌で、誰かがそばにいてくれなければと思っている人には永遠に分かるはずはない。たとえそれが家族であっても同じことだ。親や子供、そして奥さんの存在を「他人」だと思えない限り、もう一人の自分を知ることは永遠にできないと思えた。
 そのことを悟らせてくれたのが、大学に入って見るようになった高校時代の夢だった。
――俺は、やっぱり孤独が好きなんだな――
 孤独が好きな自分だから、こんな想像ができるのだと思った。
 しかし、現実世界でのもう一人の自分の存在を知ったからと言って、何があるというのだろう?
 別に、もう一人の自分が現実世界での自分を助けてくれるわけではない。ただ遠くから見ているだけで、決して表に出ようとはしないのだ。
 しかしそれでも信治は、
――そのうちに必ず自分を助けてくれる――
 と思っていた。
 孤独を好きな自分だから、その存在を認めたのだ。他の人のように、存在を知られることもなく消えてしまうことをどう思っているのだろう? 感情があるとすれば、
「誰にも意識されずに、存在だけでこの世から消えてしまう事実を、運命として受け入れることなんかできない」
 と思っているかも知れない。
 だが、逆に今の信治のように、
――孤独が一番だ――
作品名:三度目に分裂 作家名:森本晃次