三度目に分裂
二度目に見ること
「世の中には自分に似た人が三人はいる」
と言われているが、それを意識している人がどれほどいるだろう?
話としてはよく聞いても、実際に経験しなければ、オカルトか都市伝説として意識するだけで、その意識はまるで他人事である。
普通であれば、
――そんなことは信じられない――
と、頭の中が勝手に判断し、人と話を合わせることはできても、なかなか信憑性はないだろう。
そんな話は、世の中にはたくさんある。オカルトや伝説が好きで、いろいろ調べる人もいれば、話題として想像を膨らませるのが好きな人は、何時間でも会話していることだろう。
オカルト小説もたくさんあり、本を読むのが好きな人は、本の世界に入り込む自分に快感を覚えているかも知れない。本を読む醍醐味は想像力にある。そういう意味では、オカルト小説は、その醍醐味を満たしてくれるには、恰好のジャンルではないだろうか。
真田信治は、大学三年生になって、二年間の大学生活が何だったのか、いろいろ考えていると、実際に思い出されるのは、オカルト小説を読んで、いろいろ勝手な想像をしていた時期ばかりであった。
本当はそれだけではなかったのだが、記憶に残っているのは、成果として残ったことばかりだと思うようになった。やりたいことがないわけではなかったのに、途中で諦めてしまったり、他の人に取られてしまったりと、達成できなかったことばかりだった。途中の過程がどんなに思い出に残るようなことであっても、最後に何も残らなければ、成果と言えないということを、思い知らされる事例だった。
高校時代までは、友達も少なく、もちろん彼女もいなかった。自分から友達を作ろうとはしなかったのだから当然のことで、理由としては、
――大学受験する上で、皆競争相手であり、敵なんだ――
という意識があったからだ。
友達を作ったとしても、この意識があると、仲良くしていたとしても、それは表面上だけのことであって、心の底では何を考えているのか分からないという思いがあり、
――キツネとタヌキの化かし合い――
をしているようで、時間の無駄だと思えていた。
逆に、仲良くしている連中の他愛もない会話を聞いていると、受験戦争に対しての敵前逃亡に見えて、情けなくなってくる。
――俺は絶対にそんなやつらには負けない――
と、心の中で思っていた。
そんな彼らを見ていると、まわりを差別化して見ていることに気づく。そんな連中を友達として見ることなどできるはずもない。信治はまわりに対して優越案を感じることで、自分の中の孤独を正当化しようとしていたのかも知れない。
彼女がほしいとは思わなかった理由もその延長線上にあった。
クラスメイトの女の子たちを見ていると、数人でつるんでいる連中の中で、まるで女王様のように見えた。
決して一人でいれば目立つタイプではないくせに、まわりから担がれることで、まるでシンデレラのように輝いて見えるようだった。しかし、実際には受験から逃げている連中に担ぎ上げられた「お飾り」でしかなく、世間を騒がせている新興宗教のたぐいに見えてくるほどだった。
他の女の子は、実に暗い。絶えず一人でいて、中学時代まで親友だったはずの友達とも、ほとんど会話をすることもなく、たまに話をしているのを見ると、実にぎこちなくて、見ていられないほどだった。
本人たちもそのぎこちなさに気づいているはずだった。気心が知れていたはずの相手に明らかなぎこちなさを感じるのも感じさせるのも、自分たちの本意ではないはずだ。それを思うと、茶番でしかない学校での生活は、息苦しさ以外の何物でもなかった。
しかも、学校で習うことよりも、予備校で習うことの方が何倍も受験に際して大切なことだった。実際に予備校では必死になって勉強している連中の中には、学校での授業中居眠りをしている人もいるくらいだ。彼らには下校後が勝負であり、予備校から帰ってきても、家で遅くまで勉強しているのだろう。
かくいう信治もそうだった。
――どうして、学校なんかあるんだろう――
と感じるほどで、受験に関係のない学科まで勉強しなければいけないのは、どこか理不尽な気がしていた。高校を、
「大学受験のための、予備校のための予備校」
とでもいう位置づけで感じていた。
――どうせ、義務教育ではないんじゃないか――
という思いが強く、学費がもったいないとまで考えていた。
学校の授業でも、先生はあまり熱心ではなかった。
――どうせ、受験科目ではないやつには、何のためにもならないんだから、居眠りしていたとしても仕方ないよな――
と考えていたのだろう。
下手に刺激して、反抗されたり、暴れられでもしたら、自分にとって何らいいことはない。しょせん、学校の先生と言っても、自分のことばかりしか考えていないのだ。
ほとんどの高校生は、皆そう考えていると思っていた。もちろん、信治もそのうちの一人である。
高校時代の学校行事ほど嫌なものはなかった。体育祭に文化祭、なるべくなら休みたいと思った。
一年生の時は、嫌々ながら出席したが、クラスの数人は休んでいた。
――何だ、休んでいる連中だっているじゃないか――
と思うと、それ以降、学校行事には、一切の興味を示さなくなった。
高校一年生の時点ですでにクラスとしての機能はマヒしていた。中には一生懸命にクラスを盛り立てようと努力しようとしている人もいたが、まわりのやる気のなさが、逆に彼らの本気度を示していることに気づくと、それ以上、クラスを盛り立てようとはしなくなった。学校側と、生徒の間の板挟みで可哀そうだったのは、先生たちではないだろうか。
少なくとも信治の学校はそんな感じだったが、他の高校がどんな感じだったのか、信治は知らない。知りたいとも思わないし、楽しい高校生活を送れている高校があったとしても、
――俺には関係のないこと――
として、意識しないようにしていた。
そのことが、自分の本当の気持ちに向き合いたくないという意識から来ていることだなどと、思いもしなかった。
高校三年生の秋口あたりからは、それまでやってきた勉強の反復に入っていた。
――やるだけのことはやったんだ――
という満足感のようなものが、自分の中にあった。
その頃から、少しずつではあるが、気持ちの中に余裕のようなものが現れるようになった。
受験前の大切な時期であり、一番緊張感が高まってくる時期のはずなのに、気持ちに余裕が生まれてくるなど、想像もしていなかった。
――こんな気持ちは初めてだ――
そう思ってくると、それまでの高校三年間の自分を思い返すようになった。
――俺は何をしてきたんだろう?
まだ本番の受験を迎えていないので、成果が出ているわけではない。
成果が残ったものだけが、記憶として残るものだと思っているだけに、何も残っていないのは当たり前のことだった。
分かっているはずだったのに、あらためて何も残っていないことを思い知らされると、急に愕然とした思いに陥り、寂しさが込み上げてきた。
――ついこの間、中学を卒業したんだっけ?