詩集 あなたは私の宝物【紡ぎ詩Ⅵ】
見えない影に身を縮めて暮らす
それでも
自然は変わりなく うつろう
春から夏へ
花は咲き 鳥はさえずり
吹く風はシフォンのような柔らかさから
何もかもを溶かすような熱風となり
歌うように澄んだ声を響かせていた小鳥は
忙しないセミの鳴き声に変わった
最近 よく考える
今日という一日が自分にとって最後の日になったとしたら
果たして自分は何をしたいのか
疫病にかかることがもはや
いつ自分にふりかかるか分からない今
自分にできることは何なのか
出来るだけ後悔のないように生きたい
やってきた列車に乗り込み
我が子の高校へと向かう列車の中で
取り止めもない想いに耽る
願わくば
一年後 この列車に乗って三者面談に行くときには
今の悪夢の日々が本当に夢が醒めるように
終わっていて欲しいと
今 願い事を尋ねられたら
疫病の収束
それしかない
自分だけでなく 日本はもちろん
世界中のすべての人々が
心から安心して暮らせますように
行きたい場所に自由に行けるように
当たり前だと思い込んでいた自由が
実は当たり前ではなく
とても幸せで恵まれたことだと
気づかせて貰った
今度 普通に暮らせるようになったら
きっと その当たり前はけして「当然」ではなく
とてもありがたいものなのだと思うだろう
本当の幸福が何のか
知ることができた人は強い
列車が高校の側の駅に近づく
到着と共にとびらを開けてホームに降り立った
銀色に伸びたレールに
夏の青空が写りこんでいる
ふと 線路脇にひっそりと咲いたグラジオラスが眼に入った
進行方向から吹いてきた風に
鮮やかなオレンジ色の花が揺れる
この線路はまだまだ先へと続くのだ
まるで
私たちが歩んでゆく人生という道のように
もう一度だけ駅舎を振り返り
娘が待つ高校へと一歩を踏み出した
☆「鳩」
ある暑い夏の日
娘が私に囁いた
ーママぁ、庭に鳩が水を飲みに来ているんだよ。
よくよく話を聞いてみると
どうやら
クーラーの室外機から地面に落ちる水滴が小さな水たまりを作り
そこを鳩が水飲み場にしているらしい
実際に見ているわけでもないのに
私まで実際に微笑ましい風景を見ているような気になる
ーしばらく眺めてたら、鳩もこっちを見たんだよ。
鳩と娘が無言で見つめ合う光景まで浮かんでくる
何とも和やかな眺めに自然と頬が緩んでくる
嫌になるほどの暑さが容赦ない真夏の昼下がり
どこかホッとするような会話に
束の間 暑さを忘れたような気がした
☆「晩夏の朝」
季節のうつろいを肌で感じる
朝 めざめた瞬間
昨日までの煮え立つような暑気が鳴りを潜め
ほんの少しだけ
やわらいだ空気が次の季節の訪れを控えめに教えてくれる
遅い梅雨明けと共に始まった猛暑が毎日続き
朝 飛び起きるなり
クーラーに飛びついてスイッチを入れるのが日課になっていた
今朝 娘の弁当を作るために起き出そうとして
ハッとした
周囲の大気が変わっているのだ
その変化はよくよく気をつけなければ分からないほどだけれど
確かに微妙に変わっている
クーラーをつけたいと思わないくらい
空気から あの嫌になる熱気が抜けていた
こんな時
私は新しい季節が
遠慮がちに足音を忍ばせて近づいているのだと実感する
気づくか
気づかないか
もしかしたら気づかない人の方が多いー
というより
いちいち気にしないのかもしれないが
ちょっとした日常の中のささやかな変化で
季節のうつろいを感じとるのも楽しいものだ
ふと見上げた抜けるように青い空
いつしか聞こえなくなった蝉の声
忍び寄る宵闇の中で木立を揺らす夕風のそよぎ
見逃してしまいがちな日々の狭間に
変化の兆しは隠れている
今朝
ゆっくりと白んでゆく夜明けの空を眺めながら
今年もまた秋が来たのだと
しみじみと思った
自分なりの悩み思うことはあるが
とりあえず新しい季節に乾杯するような気持ちで
今日という新しい一日を始めてみよう
もしかしたら
考えねばならないと信じ込んでいることは
敢えて考える必要はないのかもしれない
小さなティースプーンひと匙だけ
透明感が混ざった朝の大気の底を
気の早い秋虫たちがかすかに震わせている
☆秋色小夜曲(セレナーデ)~静かな秋の夜に想う~
まだ秋と呼ぶには
いささか早い夏の終わりの朝
健やかで
自らに与えられた仕事を日々こなし
合間には小説を書き
拙い作品だけれども
読んでくれる人がわずかなりともいる
これに勝る幸せがあるだろうか
穏やかに流れる
ささやかな毎日の中に
最高の歓びがあり
その歓びを知ることで
更なる幸福に気づく
今
静かに更けゆく秋の夜に
虫たちが聞かせてくれるセレナーデに耳を澄ませて
日々を想う
☆「深秋」
身の側を掛け抜ける風が冷たさを増した瞬間
秋の深まりを感じ取る
日ごとに陽差しが透明感とやわらかさを増し
空は高く
鳥の啼く声が
透明度を増したうす蒼い空に鋭く響き渡る
春 華やかな色彩に溢れていた庭は
セピア色に染まり
今 戸外に目を転じれば
ツワブキの黄
珊瑚樹の赤
菊花の薄紫
熟練の達人が丹念にひと針ひと針刺繍したかのように
秋の庭を飾る
やがて 花たちが姿を消した頃
秋が終わりを告げ
長い冬が始まる
どこか物悲しい季節のプロローグに負けじと
街にはクリスマスの艶やかなイルミネーションが輝き
陽気なクリスマスソングが流れる
流れゆく日々の中で
ふと立ち止まり季のうつろいを感じるとき
過ぎ去る刻が何ものにも代えがたいほど愛おしい
今年もまた瞬く間に一年が終わった
自分は刻々とうつろう時間を大切にできただろうか
どれだけ日々と真剣に向き合うことができたか
想い巡らせながら
秋の風を感じる今日
ほら またほんの少し冷たさを増した風が吹いた
振り返れば
過ぎゆく秋を精一杯彩ろうとしている石蕗が
風に揺れている
☆「高野山への手紙」
朝 めざめた時、布団から出るのが億劫になり
車で吉井川沿いの道を走れば 向こうに見える山々が紅く染め上がり
澄んだ秋の青空にくっきり立ち上がる季節になりました
元気で頑張っていますか
うちは皆 家族が身を寄せ合って暮らしています
コロナの感染は第三波到来だと
都会では日々 怖ろしくなるような膨大な数の感染者が出ていますね
そちらは秋の観光シーズンで
お寺に参詣する人も多いのではないでしょうか
お大師様のお膝元ですから大丈夫と思いますが
大勢の方と日々 接触する仕事ですから
うがい手洗いなどをして くれぐれも感染には気をつけて下さい
私は相変わらず お寺の仕事を頑張りながら
下手な小説を書き散らしています
そうそう あなたが御山で精進しているのに影響されて
今年は にわか大学院生になり高野山の勉強をしています
先日 課題を提出したけれど
難しくて途中で根を上げそうになりましたよ
よく あんな難しい勉強が頭に入りますね
自分が実際にやってみて難しさを知り
我が子ながら凄いなと尊敬します
おばあちゃんも寄る年波で弱ってきましたが
まだまだ元気ですし
妹たちはそれぞれ大学受験 高校受験と夢に向かって邁進しています
娘たちの姿を見ていると
三年前 あなたが大学受験を目指して日々
作品名:詩集 あなたは私の宝物【紡ぎ詩Ⅵ】 作家名:東 めぐみ