樹海の秘密
「ええ、あの三人の殺し合いは、実は復讐だったんです。表に出ていない復讐が静かに行われ、三人が殺し合ったという事実として残ったんですね。しかも、誰もが信じられないような惨劇で、しかもやつらの罪状から考えれば、自業自得であり、神様の罰が当たったと言えるような出来事だったでしょう。そうとでも言わなければ、説明も尽きませんからね」
「ええ」
「あいつらは、ほぼ毎日悪どいことをしていました。露呈している犯罪で、彼らがやったという結びつけのないものだけではなく、本当に表に出ていないことも相当ありました。あんな連中は、本当に地獄に落ちても、余りあるくらいですからね」
「そんなにひどい連中だったんですか?」
「ええ、だから彼らのために秘密裏に殺された人もたくさんいました。そして、そのために自殺した人ももちろんたくさんいます」
「……」
「そんな中の一人が、この樹海のことを知って、ここに来て、誰かに乗り移るという思いを祈りながら死んでいったんです。そして、その相手というのが、例の悪党の三人のうちの一人だったんです」
「なるほど」
「ちょうど、適用したんでしょうね。乗り移るのに問題はなかったようです。普通であれば、誰に乗り移るかというのは、自殺をする人間には決められないんですが、彼の気持ちはかなり強かったということと、復讐を終えれば、自分はどうなっても構わないという覚悟を持っていたことで、彼は適合したんだと思います。そして乗り移ってからしたことは、やつらに自分たちの罪を認めさせようという意識だったんです。でも、あいつらがそんなまともな人間であるわけはない。動物以下と言ってもいいくらいですからね。彼は、罪の意識を思い知らせることを断念すると、次に考えたのが、疑心暗鬼に陥らせての、殺し合いだったんです。そんなことで今までのあいつらが犯した罪に報いられるわけもないですが、自分の力に限界を感じたんでしょうね。殺し合いという形での復讐を企ててみると、何と、もう一人のやつにも自分と同じように復讐に燃えて乗り移ったやつがいたんです。そうなると、もう百人力でした。お互いにテレパシーのようなもので連絡を取り合って、こいつら三人を、疑心暗鬼のどん底に陥れた。一人ではできないことでも、二人いれば、何十倍もの力を発揮できるようで、頼もしい思いだったに違いありません」
門脇は、話を聞きながら、手にグッショリ汗を掻いているのが分かった。ただ、館長の話を聞いているだけしかない自分の今の立場を流れる風のように、静かに迎えていた。
「僕も、なんだか乗り移った人の気持ちが分かるというよりも、自分ならその二人のように奴らの身体に乗り移ることのできる数少ない人ではないかと思えるような気がしてきました。どうしてなんでしょうね?」
「それは無理もないことだからですよ。実は門脇さん、いやあなたの中にいる高橋さんは、やつらの被害者でもあるんです」
「どういうことでしょう?」
「あいつらが、キャンプ場の奥で暴行し、自殺した主婦がいましたが、その人の子供が高橋さんなんです」
それを聞くと、門脇の中にいる敦が表に出てきて、
「やっぱりそうだったんですね。僕は死にたいと思ってもいないのに、自殺することになった。最初は、どうして自殺なんかするのか分からなかったけど、こうやって門脇さんの中に入り込むことができて、死ぬということが人間にとって最期ではなく、逆に何かの目的をしっかりと持った人間にとってのスタートラインだということを知りました。門脇さんには悪いと思いましたが、彼の身体を使って、自分はできるだけ、自分の存在意義をハッキリとした形にしたいと思ったんです。ある程度のことまでは分かってきましたが、どうしても最後のところがハッキリしません。これがハッキリしないと、ほとんど見えていないのと同じなので、自分が自殺した意味も、門脇さんの中にいる意味もないと思い、図書館に来ました。それは、ただ図書館で調べものをするというだけではなく、館長とこうやって話をしたいと思ったからです。館長なら何でも知っていそうだし、分かっていることを門脇さんに対してだけではなく、僕に対しても話してくれると思ったからなんですよ」
「そこまで分かっていたんですね」
「ええ」
「これであなたも気がだいぶ晴れたんじゃないですか? 僕にはそれが嬉しいと思うんだけど、そろそろ門脇君を解放してあげればいいんじゃないか?」
「ええ、最初はそう思ったんですが、もう一つ気になることがあるんです」
「なんだい?」
「町長のことです」
「町長がどうしたんだい?」
「僕は町長も、自分と同じように、誰かが入り込んでいるような気がするんですが、今までの話を伺っていると、町長の中にいるのは、三人の男たちが殺し合った時担当した刑事さんではないかと思っているんですよ」
「ああ、その通りだよ」
「館長は、その刑事の先輩だった……。そしてもう一つ、館長、あなたの中にもいますよね?」
というと、館長は苦笑いを浮かべて、
「ああ、よく分かったね」
「あなたは誰ですか?」
「久しぶりだね。高橋君」
「やはりあなたでしたか」
「ああ、僕はこの街で編集部で一旗揚げようと思っていたんだけど、どうもうまくいかなかった。理由は僕の中にも三人の男たちの殺し合いが引っかかっていたからさ。詳しい話はゆっくりしてあげるが、あいつらは、本当にケダモノ以下なんだ」
「分かります。だから、あなたは、僕のことも気にしてくれたんですね」
「ああ、そうだ。この街に来たのも、元々は、復讐のためだったんだ。その目的は、図らずも他の連中がしてくれたから、僕は心置きなく死のうと思ったんだ。だけど、この樹海のことを知って、他の人になって生きることを選んだ。それは間違っていなかったと思っているよ」
「僕もそう思います」
「ありがとう」
「これからは、一緒に生きていきましょう。前のように……」
「それもいいな。人間って、そう何度も死ぬ勇気なんか持てるものはないからね」
「ええ、その通りですよ。安藤さん」
そう言って、門脇、いや敦は目に涙を浮かべていた。
それを見て館長も目が潤んでいるようだ。
そう、樹海は何でも知ってるのだ。
今でも入り込むことのできなくなった樹海には、毎日のように、誰かが入り込んでいる。きっと彼らが求めているのは、どの世であっても、「幸せ」というものなのだろう……。
( 完 )
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