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4.クォーターバック・東山



 年が開けて練習が再開された。
 4年生が抜けた新チームでの初練習だったが、チームに大きな変化が起こっていた。

 2年生クォーターバックの東山が一皮も二皮も剥けていたのだ。

 クォーターバックと言うのはセンターのすぐ後ろに位置し、スナップを受けるポジション、ほとんど全てのオフェンスプレーはクォーターバックを経由する。
 フットボールは激しい肉弾戦に見えて意外にシステマティックなスポーツ。
 ほぼ全てのオフェンスプレーにおいて、オフェンスチーム全員の動きはあらかじめデザインされているのだ。
 本場アメリカのプロならばその数は150ほどに及び、選手は全てを暗記していなければならない、日本の、それも大学リーグ2部のブレイブ・ブラザースでもその数80に上る。
 そして、次に行うプレーはハドルと呼ばれる短い円陣で伝達される。
 フットボールでは選手交代は自由で無制限なので、特に重要な場面では監督から交代選手を介してプレーが授けられることもあるが、ブレイブ・ブラザースでは通常クォーターバックがプレーを選択している、フットボールの戦術や敵ディフェンスの分析が不可欠、東山はこの2年でフットボールに対する理解を深めていたのだ。

 フットボールのオフェンスに於いて全体のタイミングをぴたりと合わせることが重要なのは言うまでもない。
 フットボールではクォーターバックが「ハット、ハット、ハット」と言うカウントをする、ハドルの中であらかじめ何回目の「ハット」で起動するとプレーごとに決められ、例えばカウント2ならばオフェンスチームは2回目の「ハット」のhを聞いた瞬間に一斉に始動する、例えば俺がボールを持って走るプレーであれば、俺がボールを受け取る体勢を作るのとクォーターバックが俺にボールを手渡すタイミングはぴたりと揃わないともたついたプレーになってしまう、オフェンスラインも同様、俺が走りこんで来るタイミングで敵をブロックするのだ。

 クォーターバックが起点になる以上、全員がそのタイミングを身体に覚え込まさなくてはならない、それゆえにクォーターバックには常に変わらぬ安定した動きが要求される。
 昨年までの東山はプレーに迷いが見られ、それがタイミングの微妙なズレを招くことも多かったのだが、昨年一年間、サイドラインで先輩のプレーを見続け、それ以外にも独自にビデオ等で勉強していたのだろう、フットボールに対する、とりわけクォーターバックのプレーに対する理解を飛躍的に向上させて自信に満ちたプレイを見せるようになっていたのだ。

 しかも東山は高校時代、野球部のピッチャーだった。
 肩の強さだけを取れば1部リーグの強豪レベルだったのだが、モーションが大きくてボールを投げるまでに時間がかかっていた、オフェンスラインはその分負担が増え、レシーバーはタイミングを合わせ難い、そしてパスの行く先を敵にいち早く悟らせてしまっていたのだが、そこも大きく改善され、素早く小さなモーションで投げられるようになっていたのだ。

 そして、昨年までの彼は力むとボールが高目に浮いてしまう癖があった。
 フットボールでは味方がパスをキャッチしそこなうと敵にキャッチ(インターセプト)されてしまう可能性がある、特にパスが高すぎて味方がはじいてしまったボールは危険だ。
 インターセプトされると一瞬にして攻守が入れ替わる、当然こちらに守る体勢などできているはずもない、大ピンチを招く可能性が大きいのだ。
 その点でも小さく素早いモーションは東山を敵にとって危険なクォーターバックに成長させていた、ボールのスピードは僅かに遅くなっていたが、コントロールは飛躍的に向上していたのだ。
 
 オフ返上で猛練習していたのだろう、オフ明けの初練習だと言うのに、東山は正確で力強いパスをレシーバーの胸めがけてビシビシと投げ込んでいる。
 
「おい、東山、ちょっとロングパスも投げてみろよ」
 3年生のワイドレシーバー、栗田が声をかけた。
 本来なら肩慣らしの期間だが、東山の肩は既に出来上がっている、コーチもそれに同意した。

 ワイドレシーバーは主にパスをキャッチするのが役目、スピードとボールをキャッチする能力が最優先される、足が速くて背が高く、ジャンプ力があって捕球が上手ければ理想的だ。
 スピードと言う点では高校時代短距離選手だった栗田は申し分ないのだが、身長には恵まれていない。
 それでも2部リーグの平均的なディフェンスならスピードだけで勝負できるのだが、昨年までの4年生クォーターバックは沈着冷静で安定したプレー振りは際立っていたもののパス能力は高くはなく、彼の長所を生かしきれていなかったのだ。

 栗田が全力で走る。
 スピードを生かせる直線的なロングパスのパターン、余計な動きをしなくて済む分、最も敵陣深くまで走りこめる破壊力に優れるプレーだ、そして全速力で走りながら前方に伸ばした栗田の両手にボールがぴたりと舞い降りた。
 それを目の当たりにした瞬間、チーム全体に衝撃が走った。
(これは行けるぞ……)
 2部リーグでの勝ち越しを目標にして来たチームが優勝を、そして1部昇格を意識した瞬間だった……。

 翌日、キャンパス内を歩いていると、背中を思い切り叩かれた。
 見ると栗田が息を弾ませている、かなり遠くから俺を見つけて走ってきたようだ。
「おい、昨日の東山のパス、見ただろう? 俺、昨日から興奮しっぱなしだよ」
 無理もない、俺だって興奮していた、自分を存分に生かせるパッサーを得られた栗田ならば尚更だろう。
 栗田は講義があるからと言う俺の言葉を無視してしゃべり続けた。

 あの後も東山は素晴らしいパフォーマンスを見せ続けてくれた。
 もう一人のワイドレシーバー、2年生の田辺は元走り高跳びの選手、スピードと敏捷性では栗田に及ばないが、身長とジャンプ力では凌駕する、つまりディフェンスと競り合っても高さで勝てるのだ、その田辺がジャンプして高く差し上げた手にもボールはぴたりと収まった。
 そしてタイトエンド・3年の倉田。
 彼は元野球部のキャッチャーで、体が大きくパワーがあり、足は決して速くないがボールを捕る能力には長けている。
 タイトエンドと言うのはランニングプレーの際はオフェンスラインの一員となり、パスプレーの際はレシーバーになるハイブリッドなポジション、絶対的エース・ランニングバックの俺がいるのでラインメンとしての能力を重視して彼がレギュラーポジションを得ているのだが、実際には走るスピードはともかく、敏捷性はそこそこ高いものを備えている、パスの精度が高ければ彼のパスキャッチ力も生きる、パスをキャッチしてから長い距離を走ることは難しいが、ディフェンスを弾き飛ばし、あるいは引きずりながら数ヤードを前進することが出来るのだ。

 俺は講義を忘れて栗田と話し込んでしまった。
 昨年までラン一辺倒だったブレイブ・ブラザースに強力な飛び道具が加わった、マシンガンの弾にライフルの威力が備わったようなものだ。
 しかも、それは1+1=2ではない。
作品名:Scat Back 作家名:ST